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7-3 推しが見た背中は(1)

 レナータの叫び声にバタバタと集まってきた団員たちは、皆アスコットとレナータの間に流れる険悪な雰囲気に怯え、誰も室内に入ってこようとしなかった。

 ――ただ一人を除いて。


「な、なんだ君は?! 一体どこから入ったんだ」


 部屋の前の人だかりをかき分けながら姿を現したのは、団長ヘイルだった。ヘイルは床に横たわるグレーヴに気づくと、顔を引きつらせ、気まずそうにすぐに目を逸らしてしまった。そんなヘイルに対し、アスコットは逆に嬉しそうな様子を見せた。


「ちょうど良かった。あなたにも来てもらおうと思っていたんだ、ヘイルさん。ずっとあなたにお会いしたかったんだ」

「私にだと……?」


 にこやかにヘイルの目の前まで進み出たアスコットは恭しく頭を下げ、丁寧に感謝の言葉を告げた。


「わがままなお嬢様の願いを聞いてくださったこと感謝しています。もちろんご存知ですよね、黒髪の彼女の事です。大好きな劇団のために働くことが出来て、彼女も大変満足していました」

「そ、それは……」


 ヘイルは突然掘り起こされたルトアシアの話題に目を泳がせた。ヘイルがそれ以上言葉を口にしなかったことで、この場の主導権はすっかりアスコットの手の中にあった。アスコットは舞台に立つ主役のように辺りを見回し、ふん、と小さく鼻を鳴らした。


「さて、話を戻そうか。さっきまでこの部屋に漂っていた魔力のことなんだけど……」


 アスコットが「魔力」という単語を口にした途端、それまで座り込んだままだったレナータがガバッと立ち上がり、噛みつかんばかりの勢いでアスコットに詰め寄った。


「ま、待ちなさいよっ! 魔力がどうとか、わけわかんないこと言ってんじゃないわよ! そんなの私には見えないし、あんたが適当なこと言っているだけじゃない。私に歯向かうならそれなりの覚悟は出来てるんでしょうね!」


 髪を振り乱しアスコットに反論するレナータは、口を閉じる頃には肩で息をするほど興奮したようだった。それに引き換えアスコットは相変わらず冷たい目をレナータに向けていた。


「ふうん。君、あんまり今の状況がわかっていないみたいだね」


 アスコットは扉の外で事の成り行きを見守っている劇団員たちにも聞こえるよう、ゆっくりと大きな声で説明を始めた。


「最近魔術具の盗難が増えていることは知っているかな? この国で骨董品扱いされて保管されていた魔術具が次々に盗まれているんだよ」


 団員の中からわずかにざわめきが起こった。その話題を知る者がいたのだろう。アスコットはそちらを一瞥し、すぐにレナータとヘイルに視線を戻した。


「どうやらそれは皆同じ場所に集められ、裏で取引されていたらしいんだ。まあ、収集家には喉から手が出るほど欲しい物だろうからね。高値で取引されていたんじゃないかなぁ」


 それは白々しいほどはきはきと明るい声だった。だがアスコットが誰に聞かせようとしているのかは一目瞭然だった。


「骨董品と言っても本物だからね。道具に残った魔力が集まれば、それなりの量になるし、それなりの量になった魔力はいろんな所にいろんな影響を及ぼす。時には魔術を使うのと同じ効果を持つし、危ないんだよね」

「そ、それがなんだっていうのよ! それが私にどう関係するっていうの?!」


 我慢ならないようにレナータが声をあげた。アスコットは人差し指を唇に当て、口を閉じるような仕草を見せた。


「だけど幸いにもこの前、盗難品を手に入れた人物を捕まえることが出来たんだよ。彼女は正直に全部教えてくれたよ。誰から手に入れたかとか何を求められたとか、全部ね」


 アスコットの目はまっすぐヘイルだけを見ていた。自然とその場にいる者の視線がヘイルに集まっていく。

 それまでアスコットを睨みつけていたレナータもいまや目を見開き、声もなくヘイルを見つめていた。真っ青な顔をしたヘイルの額からは滝のような汗が流れ落ちていた。


「ヘイル、あなた……そんな勝手に……」

「ま、まさか……」


 レナータがようやく絞り出した声にヘイルはがくがくと震え、やがて崩れ落ちるようにその場に膝をついた。


「その時はまだ純粋な子だっただろうし、人を愛することと手に入れたいと思うことは全くの別物だと教えてくれる大人がいればよかったのにね。ほんとかわいそ。ま、どんな人間でも僅かな金と一時の欲望に目が眩むことはあるさ。ねえ、ヘイルさん?」


 何も答えないヘイルが全てを物語っていた。

 焦点の合わない目で虚空を見つめるヘイルにアスコットは最後の声をかけた。


「ああ、あと、ルティは心からこの劇団が好きだったんだ。僕も一緒に観たことがある。素晴らしい劇団だと思ったよ。ただそれだけ、あなたには伝えておこうと思って……」


 その言葉にヘイルが反応することはなかった。ブツブツと口の中で何かを呟いているヘイルの姿はこの一瞬で十も年老いてしまったように見えた。


(団長……)

 

 グレーヴの記憶の中にあるヘイルはいつも堂々としていた。人を楽しませたいと心の底から願い、実現のために奮闘してきた人物だ。責任感が強く、一人で全て決めてしまうような強引さも持っていた。だがヘイルと昔なじみのジェイからは、意外なことに若い頃は一緒に荒れていたという話も聞いたことがある。


(俺が劇団について行きたいと頼んだ時、団長は困ったように笑っていた。でも劇団についてきた俺を家族のように扱ってくれて、叱る時も本気だった。経営が苦しくなった時も一緒に何とかしようと言っていたのに……。どうして、どこから間違えてしまったんだ。結局俺は恩返しも出来なくて……俺が、もっと頼りになれば違ったのか……?)


 グレーヴはすっかり小さくなってしまったヘイルの姿から静かに目を逸らした。

 




 ウィギンズ家で捕らえられたメイドは全てを語った。

 貧しい家の出だが家族睦まじく暮らしていたこと、成長してからは家族に負担をかけまいと必死で食い扶持を稼ごうとしていたこと――そして道で偶然見かけたアスコットへ募らせた恋心の事も。


『そコであタしは出会いましタ。あタしにその人ハ言いいましタ』


 アスコットの術によって人形のように操られるがままになったメイドは、絶え間なく涙を流しながら、自分の意思に反して口を動かし続けていた。


『それほど好きナラ、自分のモノにしてハどうだイ、と。私は人の心を操ル道具を持っていルから、と言いまシタ。アスコットさま、アタシのものニ。あナたはアタシのものに……』

「坊ちゃま、そろそろこの子も限界かと」

「……わかったよ」


 心身を操る術は負荷が高い。マーサがアスコットを止めた時、メイドの意識はすでになかった。無理に語らせ続ければ、術を解いた時に元の自分を取り戻せない危険性がある。


 アスコットは糸が切れたように項垂れるメイドをマーサに命じてベッドに横たわらせた。彼女はこのまま魔術具の違法所持および使用の罪に問われることになるだろう。


「僕に恋していたのか……。こんな僕でも、まだそう思われることがあるんだな」


 アスコットはマーサがメイドを移動させる様子を、少し離れたところから見ながら呟いた。魔力を持ち、恐れられる存在であるアスコットに近づきたいと思う者は少ない。


 このメイドはウィギンズ家で雇われる前から、すでに魔術具の所持疑惑で足取りを追われていた。アスコットはそれを知ったうえでメイドを雇っていたのだ。わずかな情が働いたのだとマーサには説明した。


「人の心まで手に入れることが愛だと思ったのなら、そもそも君と僕とでは価値観が違うから気持ちが交わることはなかったね」


 アスコットはもはや届かないにも関わらず、メイドに語り掛けた。

 少しだけ、期待していたのだ。

 アスコットの姿を見て、そしてルトアシアの姿を見て、メイド自身が価値観の違いに気づいてくれればいい、と。そうすれば無駄に罪に問う必要が無くなるから。


「たとえ自分のものにならなくても、その人が自分らしく生きる姿を見られるだけで僕は満足だからさ……」


 アスコットは自らの手に紅い光の玉を作り出した。自分の瞳の色とは正反対の光をしばし見つめ、そして握り潰した。


「それが僕の愛の形なんだ」

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