幕間 人心操作の魔術具(5)
メイド視点の話です。彼女の視点からの話はこれが最後です。
ゆっくりと水面に浮きあがるように意識が戻ってくる。身体を動かそうとしても重く、動かない。
(ここは……?)
私は身体を動かすことを諦めて、周りから聞こえる音を捉えようとした。まだ頭には霞がかかっているが、音だけははっきりと認識できる。
「くそっ、あいつ煽り慣れてやがる! この僕が苛立つなんて!」
「坊ちゃま、お口が汚のうございますよ」
「それにどうして僕がこんな役をやらなきゃならなかったんだ? 無理矢理奪い取れば良かったじゃないか!」
「魔術の発現確認が必要なのと、調査の間の時間稼ぎを頼むと何度も言われていたじゃないですか……」
「に、してもだ! なんで僕がルティを泣かせなきゃならないんだ! くそったれ!」
「んまぁ……」
口汚く罵りながらわざと乱暴に歩くような鈍い足音と、その後について回る軽やかな足音。
(この声は……)
「それにしても私、あのお方を初めて近くで拝見しましたが、お嬢様がぞっこんになるだけありますわね。このマーサ、うっとりいたしました」
「ふんっ、いくらでも言ってればいいさ……! だけど、ルティに何かあったときに手を出せるのは彼くらいなんだ。それが一番腹が立つ。とにかくマーサ、あとでルティの様子を見に行ってよね」
「うふふ、かしこまりました」
かなり怒っているようなその声は、私が愛してやまない、あのお方の声……。
「う、うう……」
――アスコット様!
そう呼んだつもりが、私の口から出たのはわずかな唸り声だけだった。しかしその声に、二人は気づいたようだった。
「あら坊ちゃま。目が覚めましたよ」
「ふん、よく眠れたかい?」
そう言いながらアスコット様は私の顔を覗き込んで来た。あの蕩けるような視線を想像していた私は、その違和感に気づいた。
(アスコット、様?)
彼の視線には毒々しいほどの嫌悪と、怒りが込められていた。アスコット様は私の顎を乱暴に引き上げた。気づけば私は椅子に座らせられていた。しかし手も足もぴくりとも動かすことが出来ない。まるで人形になってしまったかのように、私は文字通り「座らせられて」いたのだ。
瞳の奥に怒りの炎を宿しながらアスコット様は私に告げた。
「こう言ったら申し訳ないんだけど、君の妄想に付き合うのは本当に大変だったよ。素直に好意だけ伝えるわけにはいかなかったの?」
(妄想……? 付き合う……?)
私は上手く働かない頭で必死に言葉の意味を理解しようと努めた。
「どうして僕に魔術が効くと思ったんだい。君って本当に僕のことが好きだったのかな? 本当は僕の事、何も見てなかったんじゃない?」
(え……?)
「愛する人を操ってまで自分のものにして、何のためになる?」
アスコット様はそう言ったあと、私の目の前に壊れたブローチを差し出した。土まみれで真ん中についた宝石は割れている。
(これ……?!)
「結構いい品だけど、こんな年代物の魔術なんかこの僕に効くわけないじゃないか」
そこでようやく私は理解した。
(魔術は、失敗だった……?)
見開いた私の目から涙が零れ落ちた。しかしアスコット様は私の涙を拭ってくれるわけでもなく、ひどく冷たい目をして私に言った。
「これはある家から盗み出された物なんだ。僕の所に探して欲しいっていう依頼が来ててね。さあ、どこから聞かせてもらおうかな。ルティには申し訳なかったけど、こんなところ見られたらたまったもんじゃないからね」
それだけは感謝するよ、と語るアスコット様の瞳からドロリと光が流れ出た。そして私が後悔するより早く、アスコット様は最大級の怒りと憎悪を込めた呪いをかけるように、その言葉を私に飲み込ませたのだ。
「僕のルトアシア様とタチアナを侮辱した罪は重いぞ。君と同じ方法を使ってやろう。悪いけど、優しくは出来ないからな……」
本日二話更新しています。




