6-7 推しと協力者
「私も若い頃は生きていくのに必死でね。上手くいかないことに自棄になっていたともいえるが、色んな事に足を突っ込んでいたんだ。向こうの国とのやり取りもその時に見つけた生きる術だったのさ。もちろん今はさっぱり足を洗ったがね……」
広場の片隅、人気のない木陰でジェイは当たり障りのない世間話をするような口調で語った。
「この国と向こうの国とのやり取りは禁止されているがね、完全にルートが閉じられているわけではないんだよ。大きな声では言えないけれどね」
小さな眼鏡を押しあげ、ジェイは困惑の色を濃く浮かべているルトアシアと、その隣に神妙な面持ちで立つグレーヴを交互に見た。
「この子とは長い付き合いだからね。私が昔、向こうとやり取りをしていたのを覚えていたのだろう」
「ジェイさん、ごめん。もしかしたら力になってもらえるかと思って……」
グレーヴが申し訳なさそうに答えた。その答えにジェイは軽く頭を振った。
「いいさ。このお嬢さんとは私もご縁があるようだからね。お前もそのことを感じ取ったんだろう。まったく、変な所で勘の鋭い子だよ」
ジェイは勝手に秘密を明かしたグレーヴを咎めるでもなく、むしろ愉快そうに笑って見せたあと、視線をルトアシアに移した。
「お嬢さん、向こうに用事があるのかい?」
「……はい」
「そうか……」
ジェイはそれ以上ルトアシアにもグレーヴにも理由を尋ねることはなかった。しばらく考え込むように口を閉じていたジェイは、ゆっくりと顔を上げた。
「わかった……。だが、さすがに今日すぐにと言うのは難しいな。向こうとのやり取りはもう長いこと途絶えていたからね。二、三日待ってもらえるかい?」
「本当ですか?」
「ああ。ただ上手くいかないかもしれないよ。その時は申し訳ないが諦めておくれ」
ジェイの回答にグレーヴとルトアシアは互いに顔を見合わせた。
「ありがとう、ジェイさん」
「ジェイおじ様、ありがとうございます」
それぞれ礼を告げる二人の姿に、ジェイは楽しそうに笑った。
「礼なら上手くいってからにしておくれ。それにしても二人はどうしてそこまで仲良くなったんだい? なぁ、お嬢さん?」
ジェイにからかうように目を向けられ、ルトアシアは先日のジェイとの語らいをありありと思い出し一気に顔を赤く染めた。
「お、おじ様。そのことは……っ」
「はははっ! 若者が仲良くしているのを見るのは年寄りの楽しみの一つさ」
それと……、とジェイは眼鏡の奥の目を細め、グレーヴを見た。
「この子が誰かのためにこれほど一生懸命になるなんてね」
「ジェイさん……」
「自分の足で踏み出そうとする、お前の手伝いが出来るのが嬉しいんだよ、グレーヴ」
ジェイはじっとグレーヴを見つめたまま続けた。ふとルトアシアがグレーヴを見ると、彼もまた同じようにジェイを見つめていた。
(グレーヴ様……)
グレーヴはジェイの言葉に何を感じていたのだろうか。きっとジェイとグレーヴはこれまでも度々顔を合わせていたはずだ。しかし、これまで語られてこなかったたくさんの複雑な思い――きっとトロピカについての思いを、二人の間で分かち合っているようだった。
不意にジェイがルトアシアに視線を移した。
「不思議だな、ばらばらだったグレーヴが元に戻ったみたいだよ。これはお嬢さんのおかげかな?」
「わ、私は何も!」
「いや、ヘイルに君を紹介して本当に良かったよ」
「……ジェイおじ様」
(そう言えばこの国に来て、郵便を出そうとしたところから始まったのよね。トロピカで働き始めて、グレーヴ様とこのようにお話出来るようになり、そしてグレーヴ様をさらに知ることが出来て……。作り話みたいな日々だったけど、私幸せだったわ。あれ、そう言えば……)
ルトアシアはジェイに感謝を告げながら、ある事に気づいた。
(もしジェイおじ様が魔界に連絡を取ることに成功したら、私はきっと向こうに帰ることになるんだわ……。アスコットに何か起こっている以上、このままこの国に留まることは出来ない……)
身勝手に飛び出してきたものの、心配性の父のことだ。ルトアシアのことを様々な方法で監視していることは間違いない。それにこんな風にルトアシアがふらふら出来ているのも、イグナスのアスコットへの信頼が厚い事が前提として存在する。
(向こうに戻れば、私はきっとお父様の言う通りにどこかに嫁ぐことになるはず。そうなればもうこの国に来ることは出来ない……)
ルトアシアはハッとグレーヴを見た。相変わらず見とれてしまいそうになるグレーヴの横顔は、先ほどよりも柔らかくジェイと視線を交わしていた。
「グレーヴ。まったく、年寄りを焦らせるんじゃないよ。てっきり何かの報告かと思ったじゃないか」
「なんだよ、それ」
「ははは、そのままの意味さ。――そうそう。お嬢さん、グレーヴをよろしく頼むよ」
軽口を交わす二人を見つめるルトアシアの眼差しに気づいたのか、微笑みを浮かべたジェイは改めてルトアシアに告げたのだった。
「え、ええ。こちらこそ」
動揺を隠すべき場面だったが、この時のルトアシアには曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。




