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6-6 推しとお出かけ(2)

 グレーヴが飲み物の最後の一口を飲み終えたのを見届け、ルトアシアはようやく息をすることを思い出した。


「……っぷは! はぁ……、ありがとうございました。とても素晴らしい時間を過ごせました。このように美味しく食事をとれたのは久しぶりです」

(グレーヴ様が飲み下すのに合わせて動く喉仏。この世のどの芸術品も敵わないほど美しい輪郭を描いていたわ。はぁ、生きていてよかった……。最近は一人で食べることが多かったから味気なかったけど、今日はこの一食で一生分の価値がある食事だったわ。グレーヴ様に心からの感謝を……)


 しっとりとした面持ちで語るルトアシアをどう捉えたのか、グレーヴは嬉しそうに微笑んだ。


「そう言ってもらえてうれしいよ。口に合わないんじゃないかと思って心配だったから」

「まさか! とてもおいしかったです」


 ルトアシアに食のこだわりはないし、パンを買った時にもそう伝えたのだが、グレーヴはしきりに心配してくる。


(まあ、そういう気遣いが出来るところもグレーヴ様の良いところよね。アスコットなら『嫌なら食べなければ』で終わっちゃいそうだわ。でもタチアナにはこんな風にしつこいほど確認しているわよね。タチアナもこんな気分になるのかしら。あれ、でもそれってどういう……)


 ルトアシアの考えがまとまる前に、グレーヴはパンの包み紙をくしゃっと握りしめ立ち上がった。


「よし、じゃあ行こうか」

「え、どこに?」


 不思議そうな顔で見上げるルトアシアにグレーヴは同じような顔を向けた。


「あれ、昨日話をしなかったっけ?」

「話……」


(そうか、あの時だわ。あの時、私はベッドに座っていることに気を取られていたけれど、グレーヴ様は今日の予定について話していたのね。しまったわ、全然聞いていなかった……)


 引きつった笑顔のまま固まったルトアシアに、グレーヴは不思議そうに首を傾げたが、次の瞬間には面白いいたずらを思いついた子どものような笑みを浮かべた。


「ルティちゃん、実は全然俺の話聞いてなかっただろ?」

「うっ……」


 図星をつかれたことと、グレーヴの無邪気な笑顔に絶句したルトアシアは、観念したようにうなだれて見せた。


「も、申し訳ありません。昨日は全然話を聞いておりませんでした……」

「あははっ! そうだろうと思ったよ。第一、朝起きてこなかったときもだけど、君が俺との約束を忘れるはずないだろうと思ってたんだ」

「はい、それはもちろん。私がグレーヴ様との約束を忘れるはずなど有り得ま……え?」


 妙に自信に満ちた発言に、ルトアシアは思わず顔を上げた。そこにはとろけそうな蜂蜜色の瞳を満足そうに細めるグレーヴがこちらを見つめていた。


「じゃ、行こう。俺についてきてくれる?」


 グレーヴはそう言ってルトアシアに手を差し出した。


「は、はぃ。もちろんよろこんで……」


 その手を取らないという選択肢はこの時のルトアシアには存在しなかった。ルトアシアはワンピースで自らの手を念入りにぬぐった後、グレーヴの手を取った。




 半刻後、ルトアシアとグレーヴは見慣れた建物の前に立っていた。


「グレーヴ様、ここは……」


 ルトアシアは狐につままれたような顔でグレーヴを見た。

 町の中心部にあるその建物はひっきりなしに人が出入りしている。ルトアシアにとっても既に馴染みのある光景だった。


「まずは力になってくれそうな人のところに行こうかと思ってたんだ」


 グレーヴは前向きな言葉とは裏腹に、どこか複雑そうな表情を浮かべていた。ルトアシアはその表情の意味を捉えきれずにいたが、ひとまずもう一度確かめてみることにした。


「グレーヴ様、ここは郵便局ですけど……」


 ルトアシアの言葉にグレーヴは前を見つめたまま軽く頷いた。


「そうだよ。あの人が、ジェイさんがいる」

「ジェイ、おじ様……」


 その名にルトアシアは懐かしい雰囲気を持つ男性の笑顔を思い出していた。




「はい、おはよ……おや? こりゃ珍しい。二人揃って、どうしたんだい?」


 ジェイは相変わらず窓口を担当していた。

 眼鏡の向こうの目を丸くしながら、ジェイは二人を迎えてくれた。


「今日は二人で取りに来たのかい?」


 ジェイはそう言いながらトロピカ宛に届いている荷物を取りに行こうと腰を上げた。


「ごめん、ジェイさん今日は違うんだ」


 ジェイを引き留めるグレーヴの雰囲気にジェイは怪訝な顔を向けた。


「グレーヴ様?」


 ルトアシアはまだグレーヴが郵便局に自分を連れてきた理由を図りかねていた。グレーヴはそんなルトアシアとジェイの顔を交互に見て、声を潜めた。


「ジェイさんの力を借りたいんだ。他の国に、手紙を出したい」

「他の国……?」


 ジェイは表情を変えず、窓口のガラス窓に顔を寄せた。グレーヴにも近づくよう暗に示したのだ。その様子にルトアシアはハッとした。


(大きな声では言えない国って、もしかして……)


「――あ、あのっ!」


 ルトアシアが慌てて窓口に駆け寄るも、ジェイがガラス窓の奥で小さくため息をつく方が早かった。


「……魔界に、かな?」

「ジェイおじ様?」


 ジェイは静かに顔を上げた。驚きに満ちたルトアシアの顔がガラス窓に反射していた。


 魔界との行き来が禁じられているこの国では、もちろん手紙の送受も認められていない。だからルトアシアはわざわざアスコットに頼んでグレーヴに送ってもらっていたのだ。


 しかしジェイが力になってくれるとグレーヴは確かに言った。そしてそれに応えるようにジェイもまたルトアシアの故郷の名を口にしたのだ。


(どうして、ジェイおじ様が……? それになぜグレーヴ様がその事を?)


 ルトアシアはグレーヴの横顔を信じられない思いで見つめ続けた。

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