6-2 推しの知り合いが良い人とは限らないことは全人類知っておくべき(一般論として)
ルトアシアの目の前で束ねた長い髪がしっぽのように揺れ、細身のズボンを纏った足がトントンと弾むように階段を上っていく。
ソーマが案内してくれたのは、小さいけれど掃除が行き届いていることがはっきりわかる部屋だった。
小さなベッドとサイドチェストだけの部屋だが、寝るだけなら十分だろう。
「どうぞ、ここ使ってください。掃除はしてるんで、全然きれいっすよ。夜はちょっとうるさいかもしれないっすけど、そこは我慢してくださいね」
「ええ、もちろんです。ありがとうございます」
ルトアシアはベッドの掛布を直してくれているソーマに礼を告げた。だがソーマはそんなルトアシアを神妙な顔で見返してきた。
「ていうか、お嬢さん。本当に大丈夫なんすか? 騙されてないっすか?」
「騙されて?」
思いもよらないソーマの発言にルトアシアは驚いた。この状況で一体誰に騙されるというのか、まったく見当のつかないルトアシアは怪訝な顔をソーマに向けた。
「いやぁ。だってオレら初対面っすよ。なのにオレらに対してだって全然危機感抱いてないじゃないっすか」
ルトアシアは呆れたようなソーマの顔をまじまじと見つめた。きゅっと吊り上がった目は気が強そうに見せているが、特段ルトアシアへの敵意は感じない。危機管理については正直な所自信がないが、自分に敵意を向ける人物に気づけるくらいの経験はある。
(ソーマ様からは何も感じないけど……?)
首を傾げるルトアシアに、ソーマは話が通じないと感じたのか、大きくため息をついた。
「はぁ~。まぁオレはマスター一筋なんで心配いらないっすけど、少し気を付けた方がいいっすよ」
ポリポリと髪の結び目に指を突っ込んで掻きながら、ソーマはルトアシアに単刀直入に尋ねた。
「あんたグレーヴに気がありますよね」
「――!!」
ルトアシアが意識しないようにしていたことを、ソーマは何のためらいもなくずばりと言い切った。
(な、な、な、なぜ、なぜそれを~~っ!)
予期せぬ直球に真っ赤になったルトアシアがパクパクと魚のように口を動かす中、ソーマはまた肩で大きくため息をついた。
「あははっ、そりゃあんた見てたらわかるっすよ」
仕方ないとでも言うように笑ったソーマは、まだ顔の赤みが引かないルトアシアに言い聞かせるように続けた。
「でも、グレーヴと仲が良いからって、みんな良いヤツとは限らないっすからね。気をつけるんすよ」
「……というのは?」
「マスターはグレーヴのこと可愛がってますけど、正直オレはグレーヴのことも信用しているかと言われたら、心から『はい』とは言えないっすからね。あんたのことも言われたから受け入れたフリしてるけど、警戒してますから」
ソーマはきょとんとした顔をするルトアシアにジロリと威嚇する目を向けた。
「少しでも変な事したら叩き出しますからね。覚悟しとくっすよ」
ソーマは腰に手を当て、フンっと鼻を鳴らした。だが、警告というにはあまりに正直すぎるソーマの物言いに、思わずルトアシアは噴き出してしまった。
「ふふ、でもそれを教えてくださるソーマ様は良い方ですね」
「まぁね。でもオレはマスターに気に入られていたいんで“いい子”を演じてるだけっすよ」
ルトアシアの返事にソーマは先ほどまでの警戒態勢をパッと消し、きつく吊り上がった目元を少しだけ緩めた。
「まぁ、あんたは嘘つけなさそうだし、ちょっとは信用してもいっかなぁって感じっすけどね」
「ありがとう、ソーマ様」
(ソーマ様は私が嘘をつけない人間だと思ってくれるのね。そんなことないのに……)
ソーマの言葉にルトアシアの胸の奥がわずかに痛んだが、誰かが階段を上ってくる音にかき消された。
「相変わらずきれいにしてんな。ソーマ、ありがとう」
開けっ放しの扉から部屋を覗き込んだのはグレーヴだった。きょろきょろと懐かしそうに部屋の中を見渡している。その様子にルトアシアは何となく湧き出た疑問を口にした。
「グレーヴ様もこの部屋をお使いになったことがあるんですか?」
「えっ、ああ……まぁね」
「す、すみません。今の質問は忘れてください!」
言いよどんだグレーヴの様子に、ルトアシアは触れてはいけない話題だったのかと慌てたが、その間に入ってきたのはソーマだった。
「違うっすよ。こいつ。若いとき団長と喧嘩するとマスターに泣きついて、ここに逃げ込んでたんすよ。それをあんたに知られたら恥ずかしいとでも思ったんじゃないっすかね」
「そんなわけ……」
「くくっ、図星っすね。さ、オレは店の準備に戻りますよぉ」
ソーマはニヤニヤと意地の悪い笑みをグレーヴに向けた。そして来た時と同じように束ねた髪を揺らして階下に向かったが、すぐにパタパタと戻って来て、ひょっこりと顔を出した。
「いいっすかグレーヴ、壁も床も薄いんだから変なことに使うんじゃないっすよ。あと、あんた。支度終わったら着替え貸してやるっすよ」
「んなことするか!」
「あ、ありがとうございます!」
ソーマはグレーヴとルトアシアが同時に返事をするのを見て、くくくっと笑い、そしてまたパタパタと戻っていった。
「……全く。なんか変な事言われなかった?」
ドッと疲れた様子のグレーヴが髪をかき上げながらルトアシアに尋ねた。
「破壊力がすごい……。あ、いえ、大丈夫です。優しい方でした」
「そっか。それは良かったよ」
グレーヴはホッとしたように表情を緩めた。その表情を見てルトアシアも肩の力が抜けていくような気分になり、改めてグレーヴとマスター達への感謝がこみ上げてきた。
「突然のことなのに、お部屋から着替えまでお世話になってしま……ん?」
ルトアシアはある違和感に気づいた。
「あの、先ほどソーマ様が『着替えを貸してやる』と仰っていましたよね」
「ああ、……っぷ、い、言ってたね」
ルトアシアに返事をしながらグレーヴは何かに気づいたようだった。堪え切れないように唇がぷるぷると震えている。
「あの、ソーマ様は……」
ルトアシアはソーマの姿を思い浮かべた。
印象的な目元と中性的な顔立ち。すらりとした身体に纏うのは男性用の服。若干荒っぽい言葉遣い。
(待って、ルトアシア。冷静になりましょう。なんなら考えるのを止めたら楽になるわよ……ってダメ! 思考を止めたらそこで負けよ、ルトアシア!)
「ソーマはマスターの奥さんだよ」
「なんで答えを言ってしまうのですかぁっ!!」
「あんたらうるせぇっすよ!!」
ルトアシアの熟考の甲斐なく、答えは呆気なくグレーヴの口から語られてしまった。
そしてルトアシアの悲痛な叫びはソーマの階下からの怒声でかき消されたのだった。




