5-5 俺が見間違えるはずがない件について
グレーヴ視点の話です。
「留守……ですのね」
「大変申し訳ございません。旦那様も奥様も、お嬢様と一緒にお出かけになってしまいまして……。明後日には戻る予定になっていますが、もしかしたらそのまま修行に出かけるかも、と……」
「いいえ。私も事前連絡なしで来てしまったから、こちらこそ悪かったわ」
彼女が残念そうにつぶやいた言葉に、スウィア家の留守番を任されているらしい老紳士が申し訳なさそうに頭を下げた。
(に、しても……)
俺は失礼に当たらない程度に周囲を見渡した。俺と彼女が通された応接間の調度品は素人目に見ても高級品だということがわかる。それに応対してくれている老紳士は、きっと“執事”と呼ばれる職種の人物だろう。噂には聞いたことがあるが、実際に目にするのは初めてだった。
かつて階級制度が生きていた時には、貴族階級の間で執事を雇う家が多かったと聞いているが、今や執事を雇える家は限られている。つまりこのスウィア家は相当な家格だということがわかる。
「もしお困りでしたらこのハンスもどうぞお使いください
「大丈夫よ。ハンスにまで迷惑はかけられないわ。でも一つだけお願いを聞いてくれるかしら?」
(そして執事と堂々と渡り合うこの子。ルティちゃん、君はいったい……)
俺はソファに姿勢よく座る彼女を盗み見た。
やはり彼女も相当な家柄の生まれなのだろう。本人は頑なに語ろうとしないが、あのウィギンズ家、そしてこのスウィア家と対等に渡り合えることが何よりの証拠だ。
「書き置きを残して行きたいの。それをタチアナが帰ってきたら、渡して頂ける?」
「かしこまりました」
彼女の要求に、執事はすぐに文箱を持ってきた。
目の前に置かれた文箱を慣れた手つきで開け、彼女は紙にペンを走らせた。
真剣な顔で綴る彼女は、先ほどまで大泣きし、大騒ぎしていた人物と同じ人物だとは思えない。
(この子はどうしてここまで俺に……)
湧き出る疑問は膨らむばかりだ。今はまだ隠しているが、もしかしたら他のファンの子たちと同じように、俺と親密な関係になりたいだけなのかもしれない。
(でも、そうじゃないと信じたい俺もいる。この子は俺のことをきっと俺以上に知っているから)
俺が見つめていることに気づいていないのか、彼女は黙々と手紙を書き進めていた。何となく彼女の長い睫毛の先を追った俺は、そのしなやかな手が綴る文字に思わず声を上げそうになった。
(この字は……)
そこに綴られていたのは、もはや見間違えようもない程見慣れてしまった文字だった。俺がこれまで何度も励まされ、心を癒されて来たあの文字が、目の前で生まれていた。
俺の視線に気づいたのか、彼女がハッと顔を上げ、恥ずかしそうに手元を隠した。
「申し訳ありません、お待たせしてしまって」
「い、いや。何でもないよ」
咄嗟に俺は驚きを引っ込め、何もなかったように振舞った。彼女は「もう少しで書き終わりますので」と言って、また手元に目線を落とした。
(そうか、君が……)
俺の目の前で光の粒が瞬き、緩む口元を隠すことが出来なかった。
彼女の輪郭が一層はっきりと浮かび上がった気がした。
ここで五章は終わりです。次の章では少し平和な回をいれたいと思っています!(予定)




