5-4 推しが優しい=泣いちゃう
「……という訳なのです。私はこの国の人間ではありません。魔力を持つ、魔界の人間です。今、それを証明する術はありませんが……」
二人はあの後ウィギンズ邸を離れ、町はずれの小さな公園に来ていた。
そこでルトアシアはアスコットとの関係についてグレーヴに説明していた。もちろん王女という身分は隠したままだが。
「私は劇団トロピカのお手伝いがしたいと思い、グレーヴ様のファンということを隠したまま団長様に雇って頂いたのです。ずっと嘘をついていました」
この国では魔力を持つ者は怖がられることが多い。そのことに加えてルトアシアの場合、グレーヴ目的でトロピカに入り込んだと思われても仕方ない状況だ。ルトアシアの本心はどうであれ、「推しに会いたい」という自分の欲望を叶えるために嘘をついていたと思われるはずだ。
「ごめんなさい……。私は、グレーヴ様に軽蔑されても仕方のない事をいたしました」
そう言ってルトアシアは深々と頭を下げた。グレーヴはジッと黙ってルトアシアの話を聞いていたが、頭を下げるルトアシアに一言、
「そっか……」
と呟いて、それっきりまた黙ってしまった。
(何も答えてくれないのね……。グレーヴ様は、私にあきれ果ててしまったんだわ。それでなくともアスコットに私が悪し様に言っていると聞かされて、気を悪くしているはずなのにあそこで私を守ってくれたグレーヴ様はやっぱり素敵だったわよね……って、だからそうじゃない! そうじゃないわルトアシア! そういう所よ。だからアスコットにも見限られるんじゃない!)
こんな時ですら騒がしい脳内に、ルトアシアは自分が情けなくなって来た。
(どうして私、いつもこうなのかしら。やることなすこと全部裏目に出ちゃう……)
再びルトアシアの鼻の奥がツンと痛くなって来た時、グレーヴがおもむろに声を上げた。
「――そうか、そっかそっか!」
ルトアシアは場違いな明るい声に、思わず顔を上げた。
「君の名前はルトアシアなのか。だから“ルティ”ね、なるほど」
「――っ!」
目の前には柔らかく目を細めてルトアシアを見つめるグレーヴがいた。その姿にルトアシアから声にならない声が漏れた。
「ありがとう。そんなに遠くから、俺のことを見ていてくれて」
「ふぇ……」
ルトアシアは嬉しそうに語るグレーヴを口を半開きにして見つめることしかできなかった。しかもそれだけでは終わらず、グレーヴは恥ずかしそうに頬を掻きながらルトアシアに礼を繰り返した。
「そしてそんなに大事なことを教えてくれてありがとう。俺、わりと信用されてないからさ」
「ぴぇ」
ルトアシアの半開きになった口から漏れ出る音は、すでに声ではなかった。ルトアシアの目にはグレーヴの背後から凄まじい光があふれ出ているように見え、目が眩むほどだ。ただし光に関しては全て幻覚だが。
「でもこれからもルティちゃんって呼んでもいいのかな」
「ひゃ、ひゃ、ひゃい……」
ルトアシアはグレーヴの投げかけた質問にがくがくと首だけ動かし、ようやくの思いで返事をした。だが、限界が訪れるのも間もなくだった。
「君のことは正直びっくりしたけど、でも君のトロピカを思う気持ちに俺も救われた気がするよ。俺は何も出来なかったから……って、調子よすぎるね。さっきまで君の事迷惑がっていたのにさ」
「わ、私の……」
「ん?」
「私の……、私の推しがっ、最高に尊い~~っ!!」
感情の堤防が決壊するかのように、とうとうルトアシアの激しい思いが溢れてしまった。驚くグレーヴに目もくれず、ルトアシアはガバッと両手で顔を覆った。
「う、うえぇぇっ……私を疑わないのですか? 怖くないのですか? グレーヴ様に嘘をついていたのにっ」
溢れ出る思いはルトアシアの目から堰を切ったかのように勢い良く溢れ出た。涙混じりの言葉を無事に聞き取ったグレーヴは、心苦しそうに眉を寄せた。
「俺がそんなこと言えた立場じゃないよ。ルティちゃんこそ俺を疑わないの? ついさっき、君にひどい態度を取ったばかりなのに」
確かに劇場を出てすぐ、グレーヴはルトアシアを拒絶するような態度を取っていた。だがそれを言ってしまえば、ルトアシアだって散々恥ずかしく、生意気なことを言ってしまっているのだ。
(思い出したら何回息が止まってもおかしくないようなことを言ってしまったわ。ここはもう、どさくさ紛れにグレーヴ様への感謝を伝えて、深く思い出さないようにしなければ!)
そこでルトアシアは涙がたっぷり溜まった瞳をカッと見開いた。油断していたらしいグレーヴは一瞬ビクッと肩を揺らしたが、すぐに真面目な顔でルトアシアに向き直った。
「良いのですっ! 私はグレーヴ様を一人の人間として信じると決めたのです。私を軽蔑しないでくださった、それだけで全て許せます。それよりなにより私はグレーヴ様が生きていてくださるだけで幸せなのです〜! この世に生まれてきて下さってありがとうございます~~っ!! うわぁぁ~んっ」
「そ、そっか。こちらこそありがとう」
話すうちに感極まったルトアシアは再び号泣した。広場でグレーヴに語った内容とさほど違いはないような気はするがそれはそれだ。ルトアシアにとってはグレーヴに軽蔑されなかったということが大きな一歩だったのだ。
「うううっ……アスコットとタチアナに自慢したい」
ルトアシアが涙ながらに思い出したのは幼馴染二人の事だ。グレーヴがルトアシアのことを聞いても拒否しなかったことを話したくてたまらなかった。
(でもアスコットは……)
今も何が起こったのかはよくわからないが、もし世界がひっくり返ったとしてもアスコットがタチアナを手放すわけはない。きっとあの若いメイドを側に置いていなければいけない理由があるのだろう。
(とはいえ、私への態度は気に入らないけど……)
ズズっと鼻をすすりながら、落ち着きつつあったルトアシアに、グレーヴが不思議そうに尋ねた。
「タチアナ? その子も友達?」
(そうだわ、グレーヴ様はタチアナのことは知らないのよね)
そう思ったルトアシアは、グレーヴにタチアナのことを説明しようとした。
「そうです、タチア……ん?」
途中まで言いかけてルトアシアは気づいた。
「タチアナ、タチアナよ!! ひとまずタチアナの所に行ってみましょう。何かわかるかもしれないわ! ううっ、私の推しが冴えていらっしゃるっ――!」
ルトアシアはグレーヴへの賛辞を挟みつつ、またもや感動に打ち震えたのだ。そんなルトアシアをグレーヴは眩しそうに見つめていた。




