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5-3 私の幼馴染の様子が……?(2)

前の話からの続きです。

 吹き抜ける風にグレーヴの群青色の髪の毛が揺れた。


「何が『良かった』なの?」


 アスコットはスッと目を細め、探るようにグレーヴを見つめた。二人の視線がぶつかる。


(グレーヴ様……一体何を?)


 戸惑いの眼差しに気づいたのか、グレーヴは一瞬ルトアシアに目を向けた。にっこりと笑った彼はすぐにアスコットに視線を戻した。


「アスコット君と言ったかな? 喜ぶと良い。君のお役目はこれで終わりだよ」


 グレーヴがそういうとアスコットの眉が微かに動いた。


「これからその面倒を見るのは俺だから」

「へえ……? どういうつもり?」


 そう問い返すアスコットの声には不機嫌さが滲んでいた。


「それはこっちのセリフだね。君こそどういうつもりなんだ? この子とどういう関係なのかは知らないが、一方的過ぎる気がするなぁ」


 そう言いながらグレーヴは、物を言わず涙を零すばかりのルトアシアの頭をポンポンと撫でた。その様子を見ていたアスコットは心から面白くないというように鼻を鳴らした。


「ふん、あなたに言われたくないですけどねぇ、グレーヴさん。あちこちで女をとっかえひっかえしてるって聞きましたよ? そんなあなたにそこの我儘なお嬢様の世話が務まるとは思いませんけど?」

「うわぁ、最低」


 刺々しいアスコットの言葉と同調する女性の声がさらにルトアシアの心を抉った。


(私、グレーヴ様の事をアスコットにそんな風に言ったつもりはないのに……。あんまりよ、あんまりだわ。あんなに信頼していたのに、そんな風に思っていたなんて……)


 ルトアシアは足元にぽっかりと穴が開いたような気分に襲われた。

 アスコットに突き放されたことよりも、自分がグレーヴを悪し様に言っていたと思われていたことにルトアシアは愕然とした。


(アスコットは、私のグレーヴ様への思いをわかってくれていたと思ったのに――)


 ルトアシアの足元がぐらぐら揺れ、今にも座り込んでしまいそうだと思った瞬間、グイっと腕を引き寄せられた。見ればグレーヴの大きな手がルトアシアの腕を支えていた。


(――えっ!)


 驚いたルトアシアがグレーヴを見上げると、彼はアスコットを見据えたままだった。


「はは、君もなかなかプライドが高いみたいだね。そんなろくでもない奴にこんな風に言い返されるなんて悔しいよなぁ、アスコット君?」


 静かに口を開くグレーヴに対し、アスコットは珍しく感情をあらわにグレーヴの発言を否定した。


「何だって? 僕が悔しがっている? はは、まさか」

「なんだ、それなら良かった。今までお疲れ様、アスコット君。ああ、そうだ。彼女の俺への賛辞はどうだった? さぞかし褒めてくれていたんだろうね。楽しみだなあ、これから直接聞かせてもらえるのが……」


 先ほどまでのアスコットのようにグレーヴは口の端を片方だけ吊り上げ、嘲笑するようににやりと笑った。

 アスコットは忌々しそうにギリっと奥歯を噛み締め、乱暴に女性の腕を取りながら屋敷に身体を向けた。


「――何を馬鹿なことを! ねぇ、戻るよ。話している時間が無駄だからね」

「きゃっ!」


 無理矢理腕を引かれた女性はバランスを崩し声を上げたが、アスコットはお構いなしにずんずんと歩みを進めた。女性が引きずられるような体勢のまま門をくぐると、門扉が一人でに大きな音を立てて勢いよく閉じた。


「~~~っ、乱暴だなぁ」


 グレーヴは顔をしかめながら、もはや誰もいない門に向かって文句を言った。そしてまだ腕を支えたままのルトアシアを見て、申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめん、怒らせちゃったみたい」


 ルトアシアは止まらない涙を振り払うようにぶんぶんと頭を振った。しかし震える足は限界を迎えたようで、ずるずると力なくその場にしゃがみ込んでしまった。

 その様子にグレーヴは小さくため息をつき、ルトアシアと同じようにしゃがみ込んだ。


「まあ、男は一人じゃないから――」

「違います!」


 グレーヴの適当な慰めをルトアシアは間髪入れず否定した。ルトアシアは思ったより声が出せることに安心したものの、それ以上に込み上げてくる感情をどう収めていいかわからず、ガタガタと震える身体を止めることが出来なかった。


「ち、違うのです……」


 ルトアシアの頭の中には様々な疑問や思いがよぎっては消えた。


 まず、誰よりも信頼していたアスコットが自分を見限ったこと。

 そして溺愛するタチアナ以外の女性を傍らに置いていたこと。


 さらにルトアシアはもはや慣れ親しんだウィギンズ邸を思い浮かべた。

 ルトアシアが使っている部屋には大切な文箱が置いてある。そしてアスコットの部屋の壁には、この国で唯一魔界と行き来するための魔法陣が描かれてある。


 ルトアシアはハッと顔を上げた。

 そして涙をいっぱいに溜めた瞳でグレーヴを見た。それまで心配そうな顔をしてルトアシアを見ていたグレーヴは、突然顔を上げたルトアシアに驚いたように目を丸くした。


「グ、グレーヴ様……」


 そう、アスコットの部屋にあるのは、この国で唯一魔界と行き来するゲートとなる魔法陣。

 残念ながらルトアシアに転移術のような高度な魔術は使えない。

 そして今、ルトアシアはアスコットからウィギンズ家への立ち入りを禁じられてしまった。

 つまり……。


「ルティちゃん、どうしたの?」


 グレーヴは自分の名を呼び、動かなくなってしまったルトアシアにおそるおそる声をかけた。こちらを心配そうに見つめるグレーヴの瞳の中には、呆然とした表情のルトアシアが映っていた。


 ルトアシアはぎこちなく口を動かした。


「……グレーヴ様。わ、私。国に、帰れなくなってしまいました……」

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