5-2 私の幼馴染の様子が……?(1)
無機質にルトアシアを見つめるヘーゼル色の瞳からは、何の感情も読み取れなかった。
もちろんこれまでもアスコットと喧嘩をして、しばらく刺々しい態度を取られたことはある。でもその時だって、アスコットはこんな目でルトアシアを見たことはなかった。
それに最も違和感を覚えるのはアスコットに寄り添う女性だ。
(アスコットがタチアナ以外をああやって横に立たせることなんてありえない。何かが、おかしいわ……)
ルトアシアは自分に縋りつくマーサから少しでも状況を聞きたいと、必死に問いかけ続けた。
「……ぃ、一体どうしたの? マーサも、何があったの?」
気づかないうちに呼吸が浅くなっていたようだ。ルトアシアは途切れ途切れになりながらマーサに向かって声をかけた。しかし混乱しているマーサは何度も同じことを繰り返すだけだった。
「ルトアシアお嬢様っ、早くここからお離れください! アスコット様は今――」
「マーサ。おしゃべりが過ぎるよ」
「むぐっ……!」
アスコットがすうっと宙に指を滑らすと、マーサの口が固まったように動かなくなった。そしてまるで糸で操られたかのように、ぎこちない動きでルトアシアから離れて屋敷の中に引き返していった。
「ま、魔術……」
呆然とするルトアシアの背後でグレーヴが驚いたように呟いた。彼が驚くのも無理はない。この国で普通に暮らしていれば魔術を目にすることはまず無い。
(人の動きを操作する魔術なんて魔界でも簡単に使える人はいないわ。アスコット、一体あなたどうしちゃったの……)
そんなルトアシアの思考を読み取ったかのようにアスコットはクスリと笑った。
「信じられないような顔をしているね。いいかい、僕はおかしくなってなんかいない。僕は気づいたんだ。僕は彼女の望みを叶えたいんだ。だから君はもうこの家に入ることは許されない」
「え……?」
そう語るアスコットは傍らの女性を肩を引き寄せた。されるがままにアスコットに身体を任せる女性にルトアシアは見覚えがあった。
「あなたは……?」
「うふふ。あなたの世話を何度かしたけど、すっかり立場が逆転したわね」
アスコットに肩を抱かれるその人物は、以前ルトアシアの部屋の前で困っていたメイドだった。飾り気のない仕事着からレースをたっぷりと使ったワンピースに着替えており、派手な化粧をしているから気づくのが遅れてしまった。
「本当に目障りだったのよ、あんたは。アスコット様の前で発情した雌猫みたいにしっぽ振っちゃってさ」
彼女は勝ち誇ったようにルトアシアに言い放った。
「泥棒猫は早く出て行ってちょうだい」
「そんな――っ! アスコット、どういうことよ!」
ルトアシアの口から飛び出した声はもはや涙交じりだった。アスコットに詰め寄ろうとルトアシアは足を踏み出したが、次の瞬間ルトアシアの視界を塞いだのはグレーヴの背中だった。
「よくわからないけど、彼女が一方的に責められているのは見過ごせないな」
ルトアシアから表情は見えなかったが、飄々としたグレーヴの言葉にはわずかに怒りが込められていた。
「あなたは、ああ……ルトアシアが推している売れない役者だね」
「なっ……?!」
その言葉に反応したのはルトアシアだった。アスコットが放った聞き捨てならない言葉に、ルトアシアは自分を隠すように立つグレーヴの横から飛び出そうとしたが、グレーヴが手で制した。
その様子を見たアスコットは、傍らの女性を背後に隠すようにグレーヴの前に立った。そして嘲笑するかのように片方の口の端を吊り上げた。
「ふふっ、知ってるかい? 彼女、君のことが大好きで、来る日も来る日もあなたの話ばかりだったんだよ」
「――!?」
アスコットの口からの突然の暴露にルトアシアは声を失った。アスコットはルトアシアのその様子を一瞥し、冷ややかな笑みを浮かべながら続けた。
「本当に迷惑ったらありゃしない。興味の無い役者の話を聞かされるこっちの身にもなってみてよ。うんざりだよ」
「そ、んな……」
見開かれたルトアシアの目からは大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。そんなルトアシアの様子に優越感でも抱いたのか、アスコットの背後から女性が付け加えるように声を上げた。
「アスコット様、困っていらしたのよ。泣いて済むなんて思わないでちょうだい」
「おや。君は僕の後ろに隠れておいでよ。……にしても、彼女の言うとおりさ。これでせいせいするよ、ルトアシア。泣いたり騒いだりする君の面倒を見るのは大変だったんだから」
「そ、んな……」
ルトアシアはその場に崩れ落ちないようにするのに必死だった。
まるで別人のようになってしまったアスコットに、不安や悲しみ以上に恐怖がこみ上げて来たのだ。
「……そうか、それは良かった!」
だがそんな雰囲気をぶち壊す、陽気な声が響いた。
(グレーヴ様……?)
ルトアシアはグレーヴの横顔を見上げた。しかし聞こえて来た声に反してグレーヴの表情は厳しく、その琥珀色の瞳はアスコットに真っ直ぐ向けられていた。
長くなったのでわけました。次話に続きます。




