5-1 推しと私と幼馴染
第五章開始です。物語も折り返しました。引き続きよろしくお願いします!
「俺、もっとずっと前に君に会ったことある……?」
夜空にちりばめた星たちを全て集めたような輝きを放つ瞳が、期待の色を濃くしてルトアシアを見つめている。
(『はいっ! もちろんっ。人間界の時間で約二十年、あなたを全力で推して参りました!』――なんて言えるわけないでしょう! ばかばかばかっ! 二十年も追いかけているのに年下なんて、普通に信じられないわっ)
ルトアシアの脳内は絶賛大混乱中だった。きっとグレーヴはルトアシアが自分のファンであると確信している。ここで誤魔化すのもグレーヴに怖がられないための一つの逃げ道ではある。
しかし、だ。ルトアシアはグレーヴに誠実でありたかった。
(一人の人間としてグレーヴ様を理解したいと思ったのに、私が自分のことを誤魔化していたら元も子もないじゃない。もちろん魔界から来ていることは内緒だけど、ここまで来たら知ってもらいたい欲望が止められない。ああ、でも知って引かれるのも傷つくわ……)
ルトアシアの脳裏には、初めてグレーヴに会った時の光景が昨日のことのように思い出された。
あれはアスコットが生まれた日のこと。町ではちょうど何かのお祭りが開かれていた。
行き来が禁じられているとはいえ、人間界と魔界を繋ぐ重要な家に跡継ぎが生まれたことは、王家にとっても重要な出来事だった。ルトアシアは兄と父に連れられ、ウィギンズ邸を訪れていた。生まれたばかりだというので赤ちゃんには会わせてもらえず、アスコットの父とイグナス、そして兄の間で大人の話が繰り広げられ続ければ、さすがのルトアシアも飽きてくるというものだ。
『そうだわ、おまつりにいきましょう!』
そう考えたルトアシアは皆の目を盗み、軽い気持ちで色とりどりの町に飛び出したのだ。
初めは楽しくて浮かれていたルトアシアだったが、段々と知らない光景に不安になっていってしまった。こっそり抜け出したのだ、もしかしたら誰もルトアシアがいないことに気づいていないかもしれない。赤ちゃんに夢中で、皆ルトアシアのことなど忘れて帰ってしまうかもしれない。
いつもなら簡単にわかるはずの道も、不安ではち切れそうなルトアシアには迷路のように見えてきた。感情に左右される未熟な魔力は今にもはちきれそうなほど、幼いルトアシアの中で膨らんでいた。
(そんな私を助けてくれたのは、今よりもまだずっと子どもだったグレーヴ様……)
ルトアシアの目の前にいるのは、不安で震えていた自分に笑顔をもたらした少年と同じ瞳の青年だった。
もしルトアシアが魔界から来たと知ったらグレーヴは怖がるだろうか。
そして、ルトアシアが毎週ファンレターを出す“黒猫”だと知ったら――。
(それでもあの時、私はグレーヴ様に救われたの。あの時だけじゃない、自分の夢を紡ごうと努力する姿に何度も救われてきたわ。私はグレーヴ様を推していることで、自分でいられたの。このお方の生み出す物語をずっと見ていたいと思ったの――)
ルトアシアはきゅっと唇を引き締め、おそるおそるグレーヴを見上げた。グレーヴはルトアシアを見つめる瞳を逸らしていなかった。
「グレーヴ様は、今から話すことを信じてくれますか……?」
「うん、もちろん信じるさ」
何でもないように答えるグレーヴの言葉に嘘はなさそうだった。本当にグレーヴは人が変わったようだ。猜疑心に囚われていたあの瞳はなんだったのだろうか。
ただルトアシアにとってはそんなことよりも、今、喉元まで出かかっている打ち明け話をどう伝えるかの方に集中力を取られていた。
「あ、の……私……」
ルトアシアは震える唇をゆっくり開いた。
だがその時、
――ガシャン!!
突然金属のぶつかる大きな音が響いた。
二人が弾かれたように音のした方向に顔を向けると、そこには焦ったようにキョロキョロと辺りを見回す紺色の仕事着姿の女性がいた。
先程の音はこの女性が屋敷の大門につけられている潜戸を使った音だったようだ。
「あれは……」
ルトアシアの呟きが届いたのか、女性の視線がこちらに向けられた。
「――お嬢様っ!! ルトアシアお嬢様!!」
ルトアシアの姿を認めるやいなや、悲痛な叫び声と共に駆け寄ってきたのは、メイド長のマーサだった。
「お嬢様、どうか国にお戻り下さいませ。坊ちゃまっ――アスコット様が!!」
ルトアシアに縋りつくマーサの表情は必死そのものだった。普段落ち着き払っているマーサの変わりようにルトアシアは驚くばかりだった。
「待って、マーサ。それだけじゃわからないわ。アスコットがどうしたの?」
ルトアシアは混乱状態のマーサを落ち着かせようと試みた。しかしマーサが落ち着きを取り戻すより早く、その人物が現れた。
「なんだ、屋敷の外に居たんだ。追い出す手間が省けてよかったよ」
その人物はマーサの背後からゆっくりと姿を現した。そしてその傍らには、見慣れない女性が寄り添っている。
「……ア、スコット?」
「軽々しく名前を呼ばないでくれるかな?」
ルトアシアは確かめるように名を呼んだ。しかし彼は顔をしかめ、生まれて初めてルトアシアにその名を呼ばれることを拒否したのだ。
怯えるマーサの背後から栗色の髪を揺らして現れたのは、この屋敷の主人であり、ルトアシアの幼馴染であるアスコット・ウィギンズ、その人だった。
その瞳には、何も映っていなかった。




