4-9 守りたいもののために
劇団トロピカ団長、ヘイルの話です。
※短いので前の話と合わせて、本日二話更新しています。
ヘイルは額にとめどなく浮き出る汗をひたすら拭き続けていた。
目の前のテーブルには一枚の紙が乗せられている。たくさんの文字が書かれたその紙は出来ることなら今すぐにで引き裂き、灰すらも残らないように消し去りたいものだ。
「あなたの……」
沈黙を破った低い声にヘイルはビクッと肩を揺らした。
「あなたの頑張りには感謝していますよ、ヘイルさん」
「あ、ありがとうございます……おかげ様で――」
「けど、ねぇ……」
そう言って声の主――クレムト・タクスは深くため息をついた。
「私はあなたを信頼して、大切な娘を任せているんだが」
クレムトはテーブル越しにヘイルを見た。レナータそっくりな青色の瞳は冷たく、見ていると深い湖の底に引きずり込まれるようだった。
クレムトの隣に座るレナータは幼い少女のように父の腕に縋りついた。
「お父様、私このままならもうトロピカにはいられないわ。私がみんなを誑かしているなんて噂を立てられて、私とても悲しかったのに、団長さんはあの子の肩を持つから……」
「そんなっ――」
「黙りなさい」
反論しようとしたヘイルをクレムトの声が遮った。
「今回の件ではあなたにがっかりしましたよ。そしてグレーヴ君までその娘にそそのかされているだなんて。あなたともあろう方がついていながら、本当に情けない……」
ヘイルはクレムトが一言一言、言葉を重ねるたびに身体の底から震えがこみ上げて来た。
テーブルに置かれた紙にはヘイルがこれまでクレムトに協力してきた事の詳細が記されている。ただそこにはクレムトの名前はない。
その紙に記されているのは、劇団トロピカを救うため、彼に命じられるままにヘイルが犯した罪の全てだ。
「あなたにはたくさん協力していただきましたが……」
クレムトは絡みつくレナータの腕を優しく外しながらテーブルの上の紙を手に取った。
「レナータを満足させられないなら、もうあなたに頼む必要はありません。どうぞお帰り下さい」
そう言いながらクレムトは手に取った紙を丁寧に折り、懐から取り出した封筒に差し入れた。
「――お待ちくださいっ!!」
ヘイルは声を張り上げた。そして勢いよく席を立つと、床に額をこすりつけた。
「お願いします……! どうか、どうかもう一度私に機会を与えてください! これまで以上にお力になります、レナータお嬢様にもご迷惑はおかけしません! だから、だから……劇団の子たちを守ってください。お願いします、お願いします……」
ヘイルの必死な訴えは最後には消え入るようだった。ヘイルが小さく身を縮こませながら床にひれ伏す様子を、クレムトとレナータは優雅に微笑みながら、何も言わずに見下ろしていた。
これで第四章は終わりです。次話から第五章に突入します。




