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4-7 推しを見ている時、推しもまたこちらを見ている

前回からの続きです。

 琥珀色の瞳に星を輝かせながらグレーヴはルトアシアを真っ直ぐ見ていた。


「君の知っている俺の事を教えて欲しい」

「……は、へ。あ、え、えっと」


 ルトアシアはしどろもどろになりながら、とりあえずグレーヴの質問の意図を整理することにした。


「グレーヴ様のこと、ですか?」

「そう、俺のこと。なんか変な言い方だけどさ」


 グレーヴははにかみながらルトアシアの問いに答えた。


「うっ……」

「え、だ、大丈夫?」

「大丈夫です。眩しくて目がくらんだだけですので、どうぞ続けてくださいませ」


 なかなかに破壊力のある仕草ばかり見せるグレーヴに命の危険を感じつつ、ルトアシアは額に手を当てながら話を促した。


「……実は、俺も自分にがっかりしているんだ」


 再び話しだしたグレーヴは神妙な顔で続けた。


「応援してくれるファンはいるんだ。でもどうやっても上手くいかない。彼女の持ってくるお金に頼るしかないと思っていた……」




 数年前の話だ。

 グレーヴを含む当時の団員たちが、いよいよトロピカの経営が危うくなったと、団長のヘイルから告げられたのは――。


 どうもこれまで出資してくれていた商会が「撤退する」と言い出したらしい。


『……と言うわけなんだ。すまない、私の力不足だ。これ以上、給料を払うことが出来ない。本当に申し訳ない……』


 ヘイルがは集めた劇団員を前にそう言って頭を下げた。


『そんな……! 団長は悪くない。給料はいらないから舞台は続けさせてください! なぁ、みんな! みん、な……?』


 頭を下げるヘイルに駆け寄り、劇団員たちを振り向いたグレーヴは絶句した。誰一人として、グレーヴたちに好意的な視線を向けるものはいなかったのだ。


『そ、そんな、みんな仲間としてやってきたじゃないか!? こういう時こそ力を合わせないと――』

『ありがとう、グレーヴ』

『団長……』

『給料を出せないなんて、さすがにそういう訳にもいかないよ、グレーヴ……』


 愕然とするグレーヴをヘイルは静かに制し、そして力なく笑って言ったのだ。



「その後、すぐにレナータの家から出資してもらえることが決まった。つまり、もうそうなることは決まってたんだ」

「レナータ様が出資者として発言力を持てるよう、前の方に圧力をかけていたということでしょうか」

「そう、元の出資者からは『こちらも自分の身がかわいい』とだけ言われたと聞いている。全て仕組まれていたんだ」


 レナータの家が取った方法はいわゆる“乗っ取り”のやり方としてはとても単純だ。しかしルトアシアが気になったのは、その裏にある彼女の家の財力、そして業界内での影響力だろう。


(元の出資元に手を引かせる力を持つほど、大きな影響力を保つレナータ様のご実家……。全く興味がなかったけれど、何をしているのかしら。あとで調べてみましょう)


 ルトアシアは一人心の中でうなずき、目の前のグレーヴに意識を戻した。


「それがきっかけで去っていた団員もいる、っていうのは前にも話した通り。そうやっているうちに残るのは、レナータのやり方で構わないという人間か、気に入られてさらに上に行きたいという人間だったんだ」


 レナータは劇団に来た当初から、グレーヴにひどく執心だった。だからと言ってグレーヴと男女の関係になりたいというわけでもなく、グレーヴを役者として買っているわけではなかった。


「自分で言うのもなんだが、レナータはきっと俺を手に入れたかっただけなんだ。俺の中で、彼女が一番大きな存在になることが望みだったのかもしれないと思って。機嫌を損ねないようにやってきたつもりだけど、最後の最後で失敗しちゃったからね」

「最後?」


 ルトアシアに聞き返されることがわかっていたのか、グレーヴはにっこり頷いて、話を続けた。


「俺はトロピカを離れるよ」

「そ、そんな……」


 あっさりと明かされたグレーヴの心中にルトアシアは軽いめまいを覚えた。


「それは、私のせいですか……。私がレナータ様と揉め事を起こしたことで責められ、その責任を取らなければならないからとか……」


 青ざめていくルトアシアに、グレーヴは慌てたように付け加えた。


「違う違う。ルティちゃんは関係な……くもないけど、でももう潮時だったんだよ」


 グレーヴが濁した言葉が気になったが、とりあえずルトアシアは彼の言葉を最後まで聞くことにした。


「俺は小さい頃に両親ともなくしたから孤児院で育ったんだけど、ある日そこにトロピカが慈善訪問してくれたんだよ。まだ団長と数人しか団員がいなかったんだけどさ……」


 グレーヴはその時の様子を思い出しているのか、懐かしそうに目を細めた。


「それがとても楽しくて……。俺は親が死んだ寂しさを埋めるために空想しているような子どもだったから、その空想を自分の力で形に出来るんじゃないかって思ったんだよ。だから劇団が帰るって日に『俺もついて行く』って大騒ぎしてさ。劇団とはそこからの付き合いなんだ」

「そんな経緯があったとは……全く知りませんでしたわ」


 初めて知る事実、しかも本人から語られた事実にルトアシアの胸はきゅうっと痛んだ。


(そのような経緯があれば、グレーヴ様のトロピカへの思いは私が想像している物よりはるかに深いものだわ。それなのに、劇団を離れるなんて……。私、グレーヴ様に迷惑ばかりかけてしまっている)


「それで本題なんだけど……」


 グレーヴは先ほどまでの穏やかな様子とは打って変わって、真面目な表情でルトアシアに切り出した。落ち込み始めていたルトアシアもハッと気持ちを切り替え、彼が向ける視線に応えた。


「あのさ、口説こうとか、そんなつもりはないんだけど……」


 グレーヴは気まずそうに一度視線を逸らしたが、すぐにルトアシアをまた瞳の中に戻し、口を開いた。


「俺の勘違いじゃなければ、ルティちゃんはかなりトロピカに……いや、俺に詳しいよね?」

「……! (ギクぅっ!!)」


 先ほどまで右肩下がりだったルトアシアの気分は、グレーヴのその言葉で一気に行き先を見失った。しかしルトアシアは表情を表に出さないよう、王族としてその技を身体に刻み込んで来た。背中に滝のように湧き出る冷や汗を止めることは出来ていないが。


「多分、結構見てくれてるよね。俺の事。それにフレッドにもさ、『私を助けてくれた』って言ってたし――」

「……!! (ギクギクぅっ!!)」


(後生です! 後生ですから、どうかそれ以上はおやめください! 私がグレーヴ様を密かに追いかけてきたことが知られてしまったら、恥ずかしくて死んでしまいます! あ、恥ずか死。これはわかりやすくて良い言葉ですね。違う、そうじゃないわ! 私の生命力はもう――!)


 しかしそんなルトアシアの思いなど通じるはずもなく、グレーヴはルトアシアの紅い瞳を覗き込みながら真剣な顔で尋ねてきた。


「俺、もっとずっと前に君に会ったことある……?」


 その言葉に、ルトアシアの脳裏をグレーヴと初めて出会った時の記憶が走馬灯のように駆け巡った。

四章での二人のやり取りはこの話が最後です。明日二話同時更新の後、明後日から第五章スタートします。お付き合いいただけるとうれしい限りです。

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