4-5 推しの自尊心の所在は
いまさらですが、ルトアシア17歳、グレーヴ27歳です。
町の広場では散歩しているらしい親子や、ゆったりとお茶を飲む人たちで和やかな雰囲気が漂っていた。
「……君って、本当になんというか」
「返すお言葉もありません。大変申し訳ありませんでした」
劇場を後にしたルトアシアとグレーヴは、広場の片隅のベンチに腰掛けていた。苦笑いのグレーヴに、ルトアシアは頭を下げるばかりだった。
「本当に失礼いたしました。私、父に似て気の短いところがありまして……。とは言っても、あのお方が聞き捨てならない事を口にしたので誤りは正さねばと……。はぁ、本当に申し訳ありません」
途中で自分の言っていることがただの言い訳だと気づいたルトアシアは、ため息をついた。
しょげかえるルトアシアを前に、グレーヴは笑みを浮かべたまま空を見上げた。建物に囲まれた広場だが、空を塞ぐものは何もない。そこにはゆっくり雲が流れる青い空が広がっていた。
「……まあでも、ルティちゃんがそんなに俺の事評価してるなんて驚いたかな。かなり歳も違うのに物好きだよね」
「あっ、それは――」
「まあ嬉しいけど」
グレーヴは、それ以上ルトアシアの言葉を聞きたくないとでも言わんばかりに、次の言葉をかぶせてきた。
「でももうそれだけにしてもらって良いかな? 誉められて悪い気はしないけど、ちょっと恥ずかしいからさ」
その答えと共にルトアシアが見たのは、もはやおなじみのグレーヴの困ったような笑顔だ。細められた琥珀色の瞳には、ルトアシアの姿など映っていない。きっと映っているのは立ち止まっている自分の姿だけなのだ。
「いいえ、止めません。私はグレーヴ様が素晴らしい役者だと思っていますので」
「またまたぁ。ルティちゃんって意外と積極的なんだね」
「ご自身ではお気づきないかもしれませんが、グレーヴ様のようにどのような役でも魅力的に演じられる方を素晴らしいと言わずして、どなたを素晴らしいと評すれば良いのですか?」
「――だからさぁっ!!」
「っ……!」
そこでグレーヴがこらえ切れなかったように声を荒げた。目を丸くするルトアシアに気づいたグレーヴはきまり悪そうに俯きながら続けた。
「だからさ、全部言わないとわからないかな。それは君を傷つけないための口実。本当は迷惑なんだ……」
地面を見たまま、苦しそうにグレーヴは語った。
「俺が上手くやればトロピカは続けられる。俺は上手くレナータを利用して、俺も利用されてるんだ。うまく回ってるんだから、俺のことが好きならこれ以上引っ掻き回さないでほしいな」
ルトアシアはそんなグレーヴをジッと見つめていた。いつもならきっとここでないことないこと妄想が広がっていったはずだが、今、ルトアシアの脳内は妙に静かだった。
「いいえ、好きではありません。むしろ嫌いな部類です」
ルトアシアの丁寧な訂正に今度はグレーヴが目を丸くする番だった。
「え? さっき好きって――」
「あなたが好きとは言っておりません」
きっぱりと告げたルトアシアに、グレーヴの表情になぜか傷ついたような色が浮かんだ。だからという訳ではないが、ルトアシアはじっくりと一言ずつ話を続けた。
「……でも私はグレーヴ様のお芝居が好きです。演技も踊りも歌も、もちろんトロピカも……グレーヴ様が大切にしてきたものは全て好きです」
グレーヴはルトアシアの言葉を黙って聞いていた。彼の瞳には戸惑いが色濃く浮かんでいたが、ルトアシアは構わず続けた。
「でもあなたは嫌いです。本当は自信があることでも、全部人のせいにしています。レナータ様に選ばれることをわかっていて、自分でそこに行きつくように道を作っています。その道しか無いと言わんばかりに」
劇団トロピカのためと言って、グレーヴがなぜ可能性を閉ざそうとしてしまうのか。ルトアシアはそれが不思議だった。
だがジェイと話しながら気づいたのだ――グレーヴが「役者であること」に縛られていたことに。
そして“黒猫”も、その一端を担っていたことに。
ルトアシアはそこで大きく息をついた。父譲りの真紅の瞳を向けると、グレーヴもルトアシアを見ていた。彼の瞳が何を求めているのかはわからなかったが、ルトアシアの伝えることは既に決まっていた。
「それでも私はグレーヴ様を推します。グレーヴ様が舞台に立つことで、演じることで人を笑顔にする姿が好きだからです。ずっと応援いたします」
そこまで言ってルトアシアはすくっと立ち上がった。そしてツンと顎を上げて座ったままのグレーヴを見下ろしながら告げた。
「でも今のあなたの姿もグレーヴ様の一面であるなら、仕方ないのであなたの事も応援しますわ」
気づけばルトアシアの口の中はカラカラだった。ぽかんと信じられないような顔でルトアシアを見つめるグレーヴに、何だかとても恥ずかしいことをしてしまった気がして、頬にどんどん熱が集まっていく。
「と、とにかくあなたを一人の人間として推してまいりますから!」
捨て台詞のように吐き捨て、ルトアシアはワンピースの裾をつまみ、ペコリとグレーヴに頭を下げた。
「では、失礼いたしますっ!」
「――あっ……」
ルトアシアは淑女にあるまじき早さで礼を切り上げた。そしてグレーヴに背を向け、脱兎のごとく駆け出した。




