4-4 付き合ってはいけない男、推し(2)
前の話からの続きです
慌てた顔をして駆け寄って来たグレーヴは、ルトアシアと団員を交互に見てへにゃりと困った笑顔を見せた。
「俺の名前が聞こえたから来ちゃった。……おわっ、手紙落ちてるよ。ルティちゃんもフレッドも、ほら拾った拾った」
「あっ……、はい」
グレーヴはそう言うとおどけた様子で床に落ちた郵便物を拾い始めた。ルトアシアも同じようにしゃがみ込んだが、フレッドと呼ばれた団員は腕を抑えたまま微動だにしなかった。郵便物を拾い集めるルトアシアにグレーヴは手を止めずに口を開いた。
「ルティちゃん、こいつの言うことは大体あってるからさ。俺のことは諦めてちょうだい」
(俺のことは諦めて……?)
ルトアシアは聞き間違えかと思い同じ目線にあるグレーヴの横顔を見つめた。その視線に気づかないはずはなかっただろうが、グレーヴはルトアシアを見ようともしないので、ルトアシアは堪らず聞き返した。
「どういう意味ですか?」
しかしそれでもグレーヴはルトアシアの方に目を向けることはなかった。すでに郵便物は拾い終わり、彼の視線の先には廊下の床しか存在しない。
「君も俺に惚れちゃったんだよね。ごめんね、俺誰かと本気で付き合う気はなくてさ」
(君も、俺に、惚れちゃった? 誰かと、本気で、付き合う気はない? きみもおれにほれちゃった。だれかとほんきでつきあうきはない)
ルトアシアはグレーヴの言葉を心の中でゆっくり繰り返した。そして一文字ずつゆっくり嚙み砕いた。
黙ってしまったルトアシアに、ようやくグレーヴは目を向けた。自分の大切にしている物を壊してしまったにもかかわらず、壊した事実を叱られるのではと大人の顔色を伺っている子どものような顔だった。
しかし、ルトアシアにとってそんなことどうでも良かった。
「――はぁ〜〜〜〜っ?!」
「っわ!?」
「はっ!?」
ルトアシアが勢いよく立ち上がりながら驚愕の表情で声を上げた。ルトアシアの勢いにしゃがみ込んでいたグレーヴはその場に尻もちをついてしまった。腕を押さえて固まっていたフレッドも弾かれたように動きを取り戻した。
「そんなこと関係ありません! そもそもそんなこと、一言も口にしていません! どうすればそのようなお考えに行きつくのですか?」
きっぱりと言い切ったルトアシアをグレーヴはぽかんとした顔で見上げていた。ルトアシアは自分を見上げるグレーヴには見向きもせず、再び自分に責め寄ったフレッドに向かっていった。
「よろしいですか。私が言いたかったのは、女癖が悪いとか演技がいまいちとか、そんなことでグレーヴ様の事を貶す……いえ、少しはなるかもしれませんが、と・に・か・く! グレーヴ様を愚弄する権利はあなたにはないということです」
むんっ、と団員の前に仁王立ちするルトアシアの姿からは不思議と威厳を感じる。生まれながらの王族としてルトアシアが身につけてきた風格だ。
「あなたは何をご存知なの。レナータ様が来るずっと前から、グレーヴ様がしていた努力をご存知なのかしら? 確かに大した役はもらえませんでしたが、そのような端役の方々がいるから主役の方が輝くのでしょう? 一人で舞台が成り立つとでもお思い? ちなみにグレーヴ様なら可能ですけれど、あなたにはお出来になる?」
最後は早口言葉のようになっていた。一息で言い切ったルトアシアはそこで一旦息をつき、フレッドに真っ直ぐに向き直った。
「謝りなさい。謝ってください」
「……え?」
向き直ったルトアシアに一瞬びくっと肩を揺らしたフレッドだったが、徐々に思考が追い付いてきたらしい。謝罪を迫られたことに怪訝な表情を見せた。
「私を助けてくれたグレーヴ様を侮辱しないでください!」
「――っな、何言ってんだよ」
当初の勢いを思い出したかのように、フレッドはルトアシアに食ってかかってきた。しかし再びグレーヴの声が二人の睨み合いを中断させた。
「まあまあまあ。二人ともちょっと落ち着いてよ」
火花が散る間に割って入って来たグレーヴは、フレッドに背を向けるようにルトアシアの方向をくるりと返した。目の前にはさっき入って来た劇場の通用口がある。
「ほら君は行くよ。気持ちは嬉しいけど、少しこっちで頭を冷やそうか」
「あっ、でも……」
反論の声を上げようとしたルトアシアだったが、グレーヴに肩を押された拍子に一歩踏み出さざるを得なかった。そのまま劇場の外に押し出されたルトアシアの背後でフレッドの怒鳴り声が響く。
「はあ?! おいっ、逃げるなよ! レナータさんに報告するからな、覚えとけ!」
しかしその怒鳴り声はルトアシアの背後に立つグレーヴの背中にぶつかっただけだった。
扉が閉まる瞬間、一度だけグレーヴは振り返った。だが完全に扉が閉まるとまた前を向き、先を行くルトアシアと共に歩き出した。
§
ルトアシアとグレーヴが去った後の劇場は嵐が去ったかのように静まり返っていた。
どうやらフレッドがルトアシアに声をかけたところから、何人かの劇団員は様子を窺っていたようだった。
「んだよ! 見てんじゃねぇよ!」
苛立ちを周囲に向けるフレッドに、遠くから歌うように声がかけられた。
「なんの騒ぎ? そこにいるのはフレッド?」
周囲から無言のざわめきが起こった。不思議そうな顔をするレナータの姿に、フレッドは口元に笑みが浮かんでいくのを止めることが出来なかった。
「――レナータさん。あの、グレーヴさんが……」




