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4-2 私をお姉様と呼ぶ少女について

 タチアナ・スウィアは結構良い家柄の一人娘だ。

 わずか三歳の時に、私の幼馴染アスコット・ウィギンズとの婚約が決まり、私はその頃から彼女を見てきた。


「ルトアシアさま。あの、おねがいがあるのです……」


 タチアナが控えめに申し出て来たのは、彼女が七歳の時だったか。魔界の時間で出会って二年、人間界では四年が過ぎた時のことだった。アスコットを訪ね、その流れでタチアナにも会うことが一連のパターンになって来た頃だ。


「なあに、タチアナ? どんなお願い?」


 私は彼女を妹のように思っていたので、甘えられたり、頼られたりするのは少しくすぐったくもあり、嬉しくもあった。だから「お願い」と言われて、どんなことを頼まれるのかとワクワクしながら問い返した。


「あのタチアナは、タチアナは……ルトアシアさまを『お姉様』とおよびしたいのです!」

「へ?」


 そう言われて拍子抜けしたのを覚えている。でも同時にむずむずするような嬉しさもこみ上げて来た。でも驚いた私の反応を見て、タチアナは今にも泣きそうに眉をハの字に下げた。


「やっぱりだめですか……」

「そんなことないわ、タチアナ。ぜひそう呼んでちょうだい。そう呼んでもらえると、私も妹が出来たみたいで嬉しいわ」


 慌ててそう答えると、彼女の顔はみるみる太陽のように輝き出した。


「――っ! ありがとうございます。お、お姉様……」

「うっ、眩しい……」


 そんなやり取りがあり、彼女は私を満面の笑みでもって「お姉様」と呼ぶようになった。たまに頬を染めながら呼ばれるときの破壊力は凄まじい。


 そんな可愛らしいタチアナなので、婚約者のアスコットは彼女への愛が重い。ひたすら重い。にもかかわらず、タチアナは笑顔を絶やさずに付き合っているし、そこには深い愛情もある。


「正直に答えてほしいのだけど、私がいると邪魔ではない? 二人で話したい事も多いでしょう?」


 いつだったかそんなことを聞いたことがある。アスコットは私がいるとすごい目で見てくるし、肩身が狭いというのが素直な感想だった。


 しかしタチアナは慌てたように私の問いを否定した。彼女は大きな瞳にいっぱいに涙を溜めながら必死で訴えた。


「そんなこと言うのは止めてください! 私の態度がお姉さまにそう感じさせてしまったなら直します。アスコット様とお姉様といられることが私の喜びなのです。アスコット様とは普段からもお会いできます。お願いですから一緒に過ごしてくださいませ」

「わかった、わかったわタチアナ! だから泣かないで!」


 その一件があって以来、私は遠慮しないように努めるようにしている。


 さらに百人に聞いた百人が「天使だ」と答えるであろう見た目のタチアナは、中身も天使なのだ。

 愛の重いアスコットを見限らないところもそうだし、こうやって私の情けない愚痴も聞いてくれる。



(妹のように思っていたけれど、いつの間にか“親友”になってしまったわね。そして時間の進度が早い人間界にいるタチアナはいつか私を追い越して、ずっと大人になってしまうのね……)

「どうしました、お姉様?」


 澄んだ青空のような瞳が私を覗き込む。長い睫毛に縁どられた彼女の大きな瞳が不安げに揺れていた。


「……いいえ。私、タチアナと仲良くなれて幸せだなと思っていたのよ」


 にっこりと笑って答えると、それでは納得いかなかったのかタチアナは不服そうに唇を尖らせた。


「もう、お姉様はそうやってすぐタチアナに隠し事をするのね」


 そう言いながらそっぽを向くタチアナが本気じゃないのは一目瞭然だった。


「もう、タチアナ。私が考え事をするのはいつものことじゃない。許してちょうだい」

「……うふふ。怒っていませんわ。それよりもお姉様。そのジェイおじ様とお話なされて、スッキリしたのですね。おじ(イグナス)様がやきもちを妬いてしまいそう」

「大丈夫よ。どうせどこからか見ているでしょうし、きっと呆れているわ」


 ルトアシアは先日ジェイと話した内容をタチアナに報告するために訪問していた。


(アスコットにも報告したかったのに、最近顔すら見ていないわ。そんなに忙しい仕事って何なのかしら。タチアナも会っていないようだし、珍しいこともあるものだわ)


 ルトアシアは最近のアスコットの様子を不思議に感じながらも、今回タチアナに会えたことですっかり満足してしまっていたのだ。そのためそれ以上アスコットと接触を図ろうとしていなかった。


「そうなの。なんだか考えすぎていた私が馬鹿みたいだわ」


 タチアナにルトアシアは真面目な顔で答えた。


「私、グレーヴ様が好きなのよ」

「まぁ! それは推している状態とは違うのですか?」


 タチアナが驚きの声を上げた。


「アスコットに言われたの。実際に会って、本気で恋をしてしまったんじゃないかって。私自身、アスコットの言う通りなのか、それともファンの気持ちの延長なのかはわからないけれど、グレーヴ様にはご自分が望む道を選んで、穏やかに過ごしてほしいの。そのためには私が迷っていたら何も始まらないわ」

「なんだか達観なさっていますわね」


 ほぅ、と感心したようにタチアナはため息をついた。


「……でも、そのお気持ちはわかる気がします」


 物憂げに目を伏せたタチアナは、見る者の庇護欲を掻き立てるような儚さが感じられた。


「私もアスコット様には幸せになっていただきたいですもの。もちろん、お姉様にも……愛する方々のお望みを叶えて差し上げたい、その力になりたいと思います」

「私はタチアナにも幸せになってほしいわ」

「私はお姉様とアスコット様が幸せなら十分なのですが……うふふ、嬉しいです」


 照れくさそうに頬を染めたタチアナが次に小さく口の中で呟いた言葉は、ルトアシアの耳に届くことはなかった。


「……お姉様、どうかタチアナをずっと見ていてくださいましね」


 その唇はいつもより紅く、いつも以上に美しかった。

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