2-6 俺の劇団の新人従業員が塩対応な件について
グレーヴ視点のお話です。
一晩泊めてもらった女の子の所から帰る日は、何となく気持ちが落ちる。
寂しいわけでも、名残り惜しいわけでもない。ただ何となく、自分の無力さを突きつけられているような気分になるだけだ。
だいぶ日も高くなってからぼんやりと歩いて劇場に向かった。
昨日、団長が小間使いを雇うと言っていた。黒髪の女の子だ。だから俺はもう郵便局に行く必要が無くなってしまった。
それは少し残念だった。
郵便局で荷物を受け取るときに、自分宛ての荷物があると安心するからだ。
――まだ役者をやっていても良い、そう言われているような気分になるのだ。
劇場の裏手に回ると話し声が聞こえた。俺は思わず陰に隠れて様子を窺った。
(レナータ? じゃないか……はは、びっくりした)
情けないが、同じ劇団員のレナータがまた誰かに文句を言っているのかと思ったのだ。そういった場面に出くわしてしまうと面倒くさいことになるから、出来るだけ巻き込まれないようにしてきた。
しかし今回は違った。俺の方から見えるのは赤毛と栗毛の女の子、そしてその向かい側にいたのは――。
(あの子はたしか……)
ここからは後ろ姿しか見えないが、綺麗に結い上げた黒髪と、すみれ色のワンピースが良く似合っている。
俺は野暮な事だと思いながらも耳を澄ませた。
どうやら二人の女の子が黒髪の子に詰め寄っているらしい。しかし黒髪の子も負けてはいなかった。何か言い返している様子で、段々と形勢が逆転していく。
(何を話しているんだ……?)
さらに俺は耳をそばだてた。
「……ファンなら自分の気持ちを伝えることを目的にしてはいけませんわ。…………本人が舞台の上で輝きたい……のだとしたら、それを応援するのが私たちなのではありませんか?」
所々聞こえてきた彼女の言葉。
凛とした声に丁寧な言葉遣い。そしてお手本みたいな説教の文句。
(ははっ、言われてやんの)
察するに二人の女の子はトロピカの誰かに会いに約束もなく訪れたのだろう。そこであの黒髪の子に出会い、詰め寄ったところで逆に説教されている、そんな感じだろう。
(舞台の上で輝きたい役者を応援するのがファンの役目、ね……)
彼女の言う“応援”の方法にも、色々あると知ってしまった俺には、彼女の言葉はあまりにも清らかすぎて、笑いがこみ上げてきそうだった。
でも気づけば俺の足は彼女たちの方に向かっていた。巻き込まれるつもりなんか全く無かったのに。
声をかけて、真っ先に気づいたのは赤毛と栗毛の女の子たち。
そして一拍遅れて振り返った黒髪の子。
(紅い瞳……)
よく見れば整った顔立ちに驚いただろう。しかし俺は彼女の吸い込まれそうな真紅の瞳に釘付けになっていた。
その後どうにかこうにか二人の女の子たちを帰すと、黒髪の子も同じように去ろうとする仕草を見せた。
何度か引き止めるも、彼女から引き出せたのは鋭い視線と「ルティ」という名前だけ。
警戒心を顕にする彼女は、たとえは悪いが野良猫のようだと思った。
「別にどうしようってわけでもないんだけどなぁ」
去りゆく彼女の背中に呟いた言葉は届かなかった。
劇場に戻り、ふとルティから手渡された郵便物を見るとそこには俺宛のものもあった。いつもの、見慣れてしまった筆跡で書かれた俺の名前。
「猫は猫でも、黒猫だな」
俺は自然と頬が緩むのを感じた。
この郵便物を団長に届けたら、遅れたけれど稽古に参加しようか。
まだ、役者でいたい自分を応援してくれる人がいるみたいだから。




