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2-5 僕の幼馴染のなだめ方

アスコット視点の話です

「……う、うああぁぁぁぁんっ!! あずごっどぁぁ! どうじよう~!!」


 少し落ち着きを取り戻すとルトアシアはいつものように大騒ぎを始めた。一時は何があったのかと頭の中が真っ白になったアスコットだったが、理由を知れば動揺した自分が馬鹿馬鹿しくて笑いがこみ上げてくる。


「っぶ、くくく。で、何も言えず、顔も見れず、挙句の果て何を話したのかさえ覚えていないんだ……っふ、ふふ、あっはははは!」


 ああ、腹筋が痛い。

 アスコットがこんな風に笑えるのはルトアシアの前くらいだった。幼い頃に両親を亡くし、悲しみに暮れる自分に寄り添ってくれたのも彼女だった。


「あぁ面白い。君って小さい頃からどうしてこんなに面白いんだろ」


 目尻に滲んだ涙を拭きとりながら、アスコットは愛するタチアナの笑顔を思い出した。


「そうだタチアナにも教えてあげよう。明日会う約束があるんだよ」


 こみ上げてくる笑いをこらえながらルトアシアに告げると、彼女はジトっと睨みつけてきた。


「アスコットぉ……」

「はいはい、ごめんね。でもタチアナも君のことが大好きだからさ、君の様子が変だったら心配すると思うんだよね」


 雑な謝罪だったが、ルトアシアはそんなことどうでも良かったらしい。また大きな目に涙が溜まり出した。


「ねえ、アスコット。私どうしたらいいの? 派手に推しへの愛を語っているのをグレーヴ様本人に聞かれてしまったのよ」


 彼女が落ち込んでいる理由はそこだった。

 初めて直接会話をしたにも関わらず、愛想のよい反応も出来ず、ロクに質問にも答えられず、そればかりか本人について熱く語っている姿を見られてしまったのだ。


 ――そして彼女の一番の憂い。


「もし私が“黒猫”だってことが知られたら、軽蔑されるかも。グレーヴ様に近づきたくて働き出したって思われるかもしれない」


 身体の芯がぞわりとするような深紅が涙に濡れてこちらを見つめている。

 彼女の瞳は魔界の王家の血を引く証拠である。この色に魅かれる人間が多いのも事実だ。


「でも彼はルティが『グレーヴ推し』だってことを知らないんでしょ?」

「言ってないけど……」


 アスコットは座っていた椅子から立ち上がり、ルトアシアが腰掛けるソファまで歩み寄った。涙を溜めたルトアシアが近づいたアスコットを見上げた。


「それに塩対応して逃げ出して来たわけでしょ?」

「うう……そう、なるけど」


 いつも勝気で前向きなルトアシアだが、一度しっかり落ち込んでしまうと立ち直るまでが長い。こういう時は“最初から感情的になってはいけない。まずは理詰めで納得させから気持ちに寄り添う”というのが、アスコットの編み出した対応だった。


「大丈夫だよ、ルティ。君は相手がこれまで憧れていた相手だから戸惑っているけど、向こうからしてみたらただの職場の従業員じゃないか。『何年も前からあなたを追いかけていて、“黒猫”の名で週一ペースでファンレターを出していまーす』なんて自分から言わない限り、普通に役者と劇団の従業員って関係で過ごせるさ」

「……そうかな?」


 アスコットはルトアシアの両頬を包み込み、両瞳から零れ落ちそうな涙を親指ですくい取った。熱い雫が指を伝って手首まで落ちた。


「心配いらないよ、ルティ」


 子どもをなだめるように優しく微笑むアスコットに、ルトアシアは面白くなさそうな顔を見せた。


「アスコット……。慰めてもらっておいてなんだけど、あなた面白がってるでしょ?」

「まあね。今すぐタチアナに報告したいくらいには」


 くくく、と喉の奥で笑ってみせるたアスコットにさらにルトアシアは頬を膨らませた。そんなルトアシアが何か言おうと口を開きかけた瞬間、扉の近くでガシャンと音がした。


「――し、失礼しました! すぐ替えの物をお持ちします」


 そこには若いメイドの姿があった。以前、ルトアシアの部屋の前で返事がない事に困っていたメイドだ。慌ててワゴンの上で乱れたカップを直している様子を見ると、手を滑らせただけらしい。


「大丈夫だった? カップは取り替えなくていいから、お茶を淹れてくれるかな?」

「は、はい……」


 アスコットの声掛けにメイドは落ち着きを取り戻したようで、すぐにお茶の準備を再開した。


 アスコットは手の中に収まっているルトアシアの顔に視線を戻した。すっかり涙は止まったようだが、不安の影はまだ残っている。アスコットはおもむろに柔らかな頬をむにむにと引っ張った。


「まあ、明日は普通に行くべきだよ。まさか辞めるなんてことは言わないよね」

「そんなことひないわ!」


 ちょうど頬を引っ張ったせいで「し」が「ひ」になってしまったが、ルトアシアの強気な調子が戻って来たようだ。


「舞台を見に行くときは認識阻害の術を使っているし、私と“黒猫”が繋がることなんかあり得ない」

「うん、そうだね」


 メイドの存在を気にしてか、小声になったルトアシアは真面目な表情をしていた。そんな彼女の発言をアスコットは肯定する。


「私が働くのは回りまわってグレーヴ様のお役に立ちたいという理由よ。その辺の厄介オタクみたいな不純な理由からじゃないわ」

「そうだよ、ルティ。君は真面目に働こうとしている」


 ここまでくれば大丈夫だろう。

 アスコットはルトアシアの頬から手を離した。すっかり移ってしまった体温でアスコットの手は熱いくらいだった。


「ありがとうアスコット。また明日、もしグレーヴ様に会っても大丈夫……ではないけど、何とかやれそうな気がするわ」


 そう言ったルトアシアの顔は晴れやかだった。


「良かったよ、ルティ」


 だからアスコットも同じように笑顔を作った。

 だって、この役目だけは、可愛い“黒猫”をなだめる役だけは誰にも渡したくないから……。

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