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2-3 推しは私たちの栄養

 ルトアシアはグレーヴを推している自分が好きだ。

 なぜなら彼のことを考えれば幸せな気分になれるし、彼が頑張っている姿を想像するだけで自分も頑張ろうと思えるからだ。


 彼のおかげでルトアシアは自分を好きでいられるのだ。

 だからルトアシアはグレーヴを大切にしたいと思う。役者である彼を応援していくことが自分のためになると思っている。


 だから赤毛の女性のこの発言は我慢ならないものだった。


「ファンを大切にできないってこと? ファンがいなきゃケントだってただの人じゃない!」


 さも当たり前のように語る女性の顔を、ルトアシアは信じられない思いで見つめてしまった。

 そして「あっ」と思った時にはもう口から言葉が漏れ出していたのだ。


「……あの、お言葉を返すようですが、あなた方は推し様を大切にできないのでしょうか?」

「はあ?」

「何こいつ?」


 女性たちは眉をひそめてルトアシアを睨みつけて来た。しかしルトアシアの口は止まらなかった。


「あなた方は誰のために、こうやって騒いでいるのですか?」

「誰の、って。ケントのためでしょ?」

「ご自分のためでしょう?」

「は……?」


 間髪入れずに返って来たルトアシアの言葉に、女性たちは虚を突かれたような表情を見せた。


「どうしてその労力を推し様のために使わないのですか? もったいない! ああ本当にもったいないですわ!」


 ルトアシアはまるで舞台の上で演じているかのように高らかに嘆いて見せた。そして「魔界の黒薔薇」と称された母リュカそっくりの笑顔を浮かべながら、ズイっと女性たちに距離を詰めて諭すように語り掛けた。


「初対面なのに失礼をお許しくださいね。でもあなた方、大切なことを忘れていらっしゃるんですもの」

「た、大切なこと……?」


 豹変したルトアシアの様子に怯えた様子を見せる女性たちに、ルトアシアはにっこり微笑みながら続けた。


「よろしいですか? あなた方は推し様と同じ空の下、同じ時代に生まれ、こうしてお姿を拝見出来ることにまずは感謝すべきです」


 そう、それは魔界に生まれたルトアシアには少々無茶をしなければ叶えられなかったことだ。


「推し様と同じ時代に生きている奇跡! そして推し様が『役者』として私たちの前に姿を見せるという道を選んでくれた奇跡! なぜそれで満足できないのですか? 推し様が生きている奇跡を噛み締めなさいっ!」


 本人も自覚が薄れているところではあるが、ルトアシアも一応王女である。ビシッと語る姿には得も言われぬ迫力がある。

 その迫力を真正面から受け止めてしまった女性たちには怯えの色が浮かんだ。


「何言ってんのこいつ……」

「ちょっと、帰ろうよ」

「いいえ、帰しません。先ほどまでの意気込みはどうしたのですか!」


 荷物を抱えて引き返そうとする女性たちをルトアシアは引き留めた。


「あなた方は『ケント様にお会いしたい』という目的を果たすためにいらしたのよね?」

「そ、それはもういいって……」


 一刻も早く立ち去りたい雰囲気を出す女性たちをルトアシアは離さなかった。ルトアシアは女性の言葉に静かに頭を振った。


「いいえ、良くありません。あなた方はケント様をお好きなのでしょう?」

「ま、まぁ……好き、だけど」


 女性たちは顔を見合わせている。ルトアシアは二人が抱えた荷物を見た。大きな荷物と一緒に遠方から来たという女性たちは荷物と同じくらい大きな期待を抱いて訪ねてきたのだろう。

 その気持ちはルトアシアにも痛いほどわかる。


「好きなお相手に自分の事を知ってもらいたい、どれほど自分が好きなのか知ってほしい、そう思う気持ちはわかります」


 ルトアシアは思い返すように胸に手を当てた。かつてルトアシアもグレーヴがあまりにも素敵なセリフの役をもらった時には、その役を演じてくれた感謝の気持ちを込めて屋敷が何軒か買える価値ほどの宝石を贈ろうとしたことがある。その時はアスコットに止められた。止めてもらえてよかった……。


「でも、それはご自分の気持ちだけ。独りよがりです」


 真っ直ぐ顔を上げると女性たちも同じようにルトアシアを見ていた。困惑と共に後悔の色が彼女たちの瞳に映っている。赤毛の女性はきまり悪そうな表情を見せ、栗毛の女性に至っては涙も浮かべている。

 二人の心境の変化を認め、ルトアシアは静かにうなずいた。


「ファンなら自分の気持ちを伝えることを目的にしてはいけませんわ。あなた方の推し様、ケント様のお気持ちを第一に考えてみましょう」


(これは私自身にも言えること。グレーヴ様が志す役者の道は険しい道だわ。その道を越えていく手伝いの一つに私たちファンがいるのです)


「推し様に本気で恋焦がれる気持ちは間違いではありません。ただ、推し様ご本人が舞台の上で輝きたい、そう思っているのだとしたら、それを応援するのが私たちなのではありませんか?」


 ルトアシアは自分に言い聞かせるように静かに語った。


「推し様を見ているとドキドキしますでしょう? 私ももっと素敵になりたいって思うでしょう?」


 その問いかけに女性たちは無言でうなずいた。二人とも態度こそ横柄だったものの、よく見ればルトアシアとそう年齢が変わらないようだった。


「自分の気持ちを伝えることは、推し様をさらに輝かせるための手段です。推し様からもらった栄養をお返しするのです」


 そしてルトアシアはグレーヴを思い出しながら、感謝を届けようと手を合わせた。


「気をつけましょうね、それが目的になってしまわないように」


(グレーヴ様……いつもありがとうございます)


 心の中でルトアシアが感謝の言葉を呟いた瞬間、ほぼ毎日脳内再生してきた声がルトアシアの鼓膜に響いた。


「どうしたの? 困りごと?」

(――え?)


 背後から聞こえる声にいち早く反応したのは、ルトアシアの目の前にいた女性たちだった。


「わっ、グレーヴだ!」

「きゃあ本物っ!」


 湧きたつ女性たちの様子に、ルトアシアはすぐ振り向きたいような、このまま振り向かず逃げ出してしまいたいような両極端な感情で葛藤した後、錆びついた金具を動かすようなぎこちない動作で振り向いた。


 ルトアシアよりも頭一つ高い背丈。

 今にも星が瞬き出しそうな深い群青色の髪の毛。

 溶けだしそうな濃いはちみつ色の瞳。


 そこにいたのはルトアシアが見間違えるはずもない、ルトアシアの最推しにして神推しであるグレーヴ、その人だった。


(ググググググレーヴ様……!?)


 ルトアシアは驚きすぎると声が出なくなるということを、何年振りかで思い出すこととなった。

※この世界は神という概念はありますが、基本的に無宗教です。

ルトアシアのグレーヴに対する思いは信仰に近いです。

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