29.道化師は地獄の底でも憂鬱だ
《三月十日土曜、日暮れ》
寺町の丘の上。
僧院中庭。
なんだか、ちゃかぽこ音がする。
「どっかで宴会やってる」と、武装した男。
身元皆目わからぬ様にと、紋所など言うに及ばず、お里の割れる様な品は極力身に付けては居らぬのだが、捨て難い最後のプライドと屍晒す覚悟も其処ここ有之の者たち、みな何となく『士分の者』には見ゆる姿ではある。
「すぐ近所でテロ事件発生してるってのに、緊張感まるで無いな。女の子が大勢歌ってる」
「鳴り物入りだ。きゃっきゃ騒いでるぞ」
「寺町が封鎖されて客が来なくなった娼館の女郎たち暇すぎて、宴会始めたらしい。出られなくなった客がお大尽遊びしてるって噂もあるけど」
「俺たちが襲ってくるとは思わんのかな?」
「俺らにそんな余裕あるまいと舐め切ってるか、自分ら一寸先も知れんなら刹那に生きようと決めたか・・まあ、そんな両極端ってとこ・・じゃないだろうかね」
「一般客も出られないのか?」
「知らん。だが俺たち、若し外に仲間がいて『ツナギ取りたい』と思ってたら、何をする?」
「使いを客に紛れ込ますなあ」
「そういうこった」
「居るのか?」
「居るんだろう、知らんけど。どうせ知らん方がいい。知らねば、尋問されても吐きようがない」
「拷問されるかな?」
「だから、なるたけ士分に見える格好だけは為てる」
銀の拍車*をちゃらりと鳴らす。 *註:従騎士が付ける。
「異端審問官には通じまいがな」
◇ ◇
トルンカ村から五里可りは上がった北、街道はゆるゆる昇り坂基調だが、左右には小高い丘が幾つか。
街道側が切り通しに成っていたりで、道は割と真っ直ぐに通っている。
「俺なんか連れて御城に行く気なのかい?」
道化師、訝しむ。
「いや、御城には行かぬ。ここいらで一寸と陣を張る」
街道を外れて道なき道を馬車で行ける限界まで行くと、西日が遥か山の端に掛かろうとするのが見える。
「ありゃ先客が居る」
馬車が一台。
「おや警視閣下、異な処で御尊顔拝し奉りまする」
「なんと。子爵閣下の執事殿ではありませんか。奇遇じゃのう」
「御城の空気が何ぞ微妙で、様子を窺って居りましたれど剣呑も剣呑。城内も剣呑なれど城外を更に異様なる『もの』が漂うて居りまする。加勢も追ッ付け参る頃。もそっと近くで様子を見るかと思ふて居った矢先で御座ります。見晴らし良き場所をお譲り申す。此処より歩いて是の岩山の上少し」
「それは恐縮じゃ」
「此処まで近づけば、姫様も某をお気付きの筈。来意は伝わり申したかと」
「え? まだ五、六里はあるじゃろ? 御城・・」
「今日は御城が不吉だって・・猫哥さんの仲間の、よくお尻出してるお嬢さんが言ってた『占い』と同じっす」
「お主もよく観察しとるんじゃのう」
「目は斥候の命っすから」
「ほんに、あのお尻は眼精に効くのう」
「いやいや、『不吉』の方っす」
「閣下も良き手の者を抱えて御出で御座りまするな。辺りに漂う『もの』、気になり申すが、然りとて邪気害意の類と違う強き異常でありますれば、真の危険の臭気に気づき難く成る虞れが有って少々厭でありまする」
「なんか高度っすね」
「様子見と仰って御出でだが、執事殿は直ちに姫様方の加勢には参られぬので?」
「とてもとても。お方様には某など足手纏いで御座いまする」
「城内には?」
「唯、ちと覗きに。谷間は一足先に陽が落ちて夜で御座れば」
「実は先だって殿様にお縋り申した倅奴を探しに、あのとき使いに立てた者ら数人を城内に放っておるのじゃ。見掛けたなら何卒面倒見て遣って下さりませ」
「あの面白い服の使者殿ですな。洗濯上がって居りまする」
「洗濯・・っすか?」
「時に、殿様に面白い土産が有るのじゃ。『ヨハン・ブッカルトの本当の父はジャン・ピエール・カラトラヴァ』だという情報。命と引き換えに、これ」
「ああ、怪物に二度殺されかけた末に、悪魔に売り飛ばされちまうんだ俺・・」
道化師が運命を嘆く。
「南部は怖ぇや」
◇ ◇
「ちゃかぽこ」な場所。
元下男Aが、若干下品な宴会芸で女の子たちの喝采を浴びている。
「モモロはお嫁さん欲しくないか?」と、坊ちゃん男。
「要るは要るけど、車夫小頭にでも出世してから探しまさぁ」
「ちょっと冷えてきたね」とマルゴ。
「じゃ、モモロ。蒸し風呂行くけど、来る?」
「坊ちゃん、帰らねぇんですかい?」
「マルゴと一緒にいる」
「まあ、帰ってくるも廓に籠るも、安全な方でと旦那にゃ言われてるからね。ここは廓ってくらいで安全そうだしな」
「モモロは話がわかるから好きだ」
「坊ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいけどさ、裸の女たちに引っ付かれるのは困るぜ」
「モモロは女、嫌いか?」
「いや、中毒んなると困る」
屋根の上に三人娘。
「あれ、なにしてるの?」
「ぼろせいどう・・藁しいてる。寝るばしょかな」
「あそこ、さむいよ」
「へんなの」
「リノに、いう?」
「いおう」
◇ ◇
山猫屋三階、奥の部屋。
マルテが窓枠に手を突いて中庭を見下ろす。
背後で元下男B果てる。
「お尻小さいマルゴちゅわぁぁん」
「このぉぉ、あたしに文句あるわけ?」
「ちがいまっす。マルテちゃんのお尻は大きすぎず、小さからず。最高です」
「じゃ、いま何でマルゴの名前呼んだのよ」
「これは神の摂理が御告げに下って「汝の子孫にはお尻小さき娘と中くらいの娘と両方あれかし。産めよ植えよ! 我はaにしてzなりアーメン」って声が聞こえたの。むかし説教で聞いた。ぐろりあのぜすさま」
「わかんね・・。 まぁ、男は色んな女とやりたいって気持ちは痛いほどわかったよ。好きにしな」
「ありがとう豊穣の聖女。白い花のヘレナ! けだかきヴェヌス! ああ俺のフォルトゥナ!」
「どこの詩人かよ」
◇ ◇
市警本部。
地下牢。
元下男Cの名前はロブである。調書にはロベルタス・ダルセウスと書かれたが、そんな名前で呼ばれたことは人生で一度もない。ただのロビュールだ。アルソー村で生まれた。
不運な男だった。彼は寒い地下牢。下男仲間のダムとシャルが楽園にいるのを知らないので、辛うじて最高に不運ではないが。彼らが美味い飯食って酒飲んで、寺町で指折りの女と日がな戯れていたのを知らぬだけ倖せだが。彼らが今ぬくい蒸し風呂でぬっくぬく為ているのを知らぬだけ倖せだが。
そう。事実、寒い監獄で彼は幸福だった。審問所に送致された二人に比べたら。
「寒い・・」
市警本部、会議室。
「ねえ、法務顧問。貴方は修道僧でいらしたんですよねぇ」と、市長閣下。
「いえ、まだ現役の修道僧で御座います。ほれ、剃髪」
「あ、ほんとだ。そんなちょびっとで良いんだ!」
「ま、無料で学べると聞いて出家した信仰浅き駄目修道士で御座いますから」
「ぼくも信仰浅き駄目市長だから知らんのかもだけどさ、十二支柱の補欠選挙って十二支柱さんが投票するの?」
「十二支柱様は拒否権があるだけで投票はなされません」
「じゃ、その欠員選挙に何日も掛かって、最後が深夜だったっていうのは?」
「推挙委員会がぐだぐだやってたのです。各国各地からお集まりになった十二支柱のお爺ちゃ・・様たち、推挙状待ちで茶飲み話しながら寝ちゃって、起きたら異議なし即決だったそうです」
「なんだそりゃ」
「ふつう誰も拒否権なんて発動しませんよ」
「形ばかりか」
「選挙なら推挙委員会で何百遍もやってますから。篩い落とし選挙ですけど」
「ヘンリック・コラードの話って、いつ出たの?」
「話題途切れて退屈極めた茶飲み話の途中です。高位の聖職者がこっそり隠し子作ってて、それ使って暗躍の灰色行為三昧。で、その倅が背教行為とネタ満載でしょ。寝惚けてた爺さ・・高僧様がた大盛り上が・・激昂。みんな起きちゃってコンラッドは去勢して遠島だ、いや磔刑だと。斬首して城壁から逆さ吊りで決まりかけたとき、新任十二支柱の推挙状が来て、嵐が収まりました」
「で、降格で収拾めたわけ?」
「邪教の聖者に成られちゃ困りますから」
「ま、穏当じゃなくても順当に、ってとこか」
「ろくな対抗馬もないのにベナンツィオ殿下の推挙がこんなに手間取ったのは怪しいって、皆が囁いてます」
「ろくなんじゃ無くても対抗馬は居たんだ」
「六男じゃなくて次男です。カラトラヴァ公爵の叔父上」
「じいさんだろ」
「すぐ死ぬから、ちょっと良いだろ! って理屈」
「短期間に二度選挙ってめんどいだろ。市長選だって死にそな爺さんは出馬控えるぞ」
「世襲市長のくせ」
「言ったなぁー! ぼくの優秀さ知ってるだろ」
「四十半ばで言う台詞じゃありません」
この老修道士には、さしもの市長閣下も弱いらしい。
◇ ◇
トルンカ村。
兵員輸送の軍用馬車を改造した大型馬車が二台、入って来る。
御城に女中に上がっていた村の娘らが整列して降りて来る。
偉丈夫・・でなく、少々肩の張った大柄の女が号令。
「番号ぉぉ、始めッ!」
最後にトロイデ妹が駆けつけて「四十ぅ、満!」
揃いのお仕着せでない少女に肩を貸した二人のうち年嵩に見える方が、
「回収、一!」
迎えに出た庄屋の家令が、少女の様子を一瞥する。
「奥様、オルトリンデ様が町からお見えで、トロイデの坊ちゃんを診ておいでです。フェン様ご夫妻とマリオ様も」
「耳が早いな」
「それから、町の警吏局のお二人とガルデリ御一門の令嬢がおひと方・・」
「千客万来であるな。 ・・また来た」
門の方から、巨大な荷駄馬に置いた半壊状態の鞍に極めて危なっかしく獅噛附いた男、入ってくる。
◇ ◇
寺町坂上、伽藍の廃墟裏。
薬屋の次男坊終焉の地に近い北の崖上。
瓦礫の陰に縄梯子が隠してある。
「これで貧民街まで脱出できる」
隊長とよばれていた男が北叟笑む。




