28.田舎司祭もたぶん憂鬱だ
《三月十日土曜、夕暮れ時》
「さてさて、連中の狙いだけどねぇ・・捨て駒にする囮に十五騎。しかも、口の硬さから言って二束三文で掻き集めた破落戸じゃあない・・と。お金に糸目付けてない感じだね」
「捕らえた三名は完黙。彼らと言葉を交わした唯一の者はベルコーレ隊のリノ伍長で、彼は北海語も話せますが『まず女児だけ解放』という言葉がすぐに理解出来なかったと申しております」
「どこあたりの訛りなの?」
「予断に結び付きそうで厭なのですが・・女児をフイユと言うのは、ジャン・ブシャールの郷里の方です」
「あっちか・・」
◇ ◇
寺町坂下から、小柄な女と太った親父が大荷物持って上がってくる。
「はぁい、差し入れぇ。片手で食べれるやつ」
「誰かと思ったらギルドの姐さんか。ありがてえ」
塩漬け肉と野菜煮を薄焼きパンで棒状に包んだ軽食を配る。
「姐さん、あと男坂の旧屯所辺りに六名いますから」
「おっけい」
坂下亭の親父が西の門衛らに軽食を持って行く。ヴィナ嬢は、後から来たごつい男としょぼくれた初老の男の二人を伴って旧屯所の方へ。
旧屯所よりだいぶん上にリノ分隊が盾でバリケードを作っていた。なぜかリノ伍長が小さい女の子と喋っている。
「リノきゅうん、そいう趣味?」
「アネさん止めて下さい。勇敢なる情報提供者ですよ。敬意を払ってあげて!」
なぜか初老の男がいない。
◇ ◇
ごつい男、山猫屋に入って行く。
眠そうな顔をした中年女と目が合う。
「客では無いんだが・・」
「あいよ、お帰り左様なら」
「最後まで聞け。迎えの者だ」
「誰の? 名前を言ってもダメだよ。予約以外じゃ名前聞かないから」
「ぽっちゃり坊ちゃん」
「いま、風呂だ」と、奥の木戸を顎でしゃくる。
「じゃ、通るぜ」と脇を抜ける。
「風呂代」と、袖掴まれる。
「俺、入湯らないから。
「その木戸の通り賃、銀貨一枚」
「うー」払って通ろうとする。
「脱げ」
「あーっ、もうっ!」
◇ ◇
僧院中庭。
「舐めた真似しやがって」
ねじ伏せられた子供の顔を踏んで、銀の拍車を押し付けようとする男に、老人の鋭い声。
「やめなされっ!」
「この僧院で子供を傷付けると、異端審問官に引き渡されるぞい!」
「え?」
「その昔、子供を贄にした黒魔術が行わる酸鼻な事件があったんじゃ! 以来、ここで子供を傷付けた者は異端審問官が取り調べる決まりじゃ。拷問じゃ」
「えええ?」
老人が奇ッ怪な昔話をはじめる。その語り口に、男たち思わず聞き入る。
「えええええ?」
壁際に後ろ手に縛られ転がされた白髪の老人、寺男二人だったはずだが、何故か今また三人いる。
◇ ◇
蒸し風呂屋、中庭。
なんだか、やたらに女が多い。
全裸に半裸にまた全裸。ヴェヌスベルクも斯くや。
寺町が封鎖になり、客足が途絶えたので、女たち風呂屋でお茶挽いている。
其処へ恰好の餌が来た。フロラン家の車夫モモロは上背あって筋骨隆々、日焼けて浅黒く、おまけにちょっと好い男だった。見る間に裸に剥かれて湯屋に引っ張って行かれた。お坊ちゃん男の隣の部屋であった。
◇ ◇
トルンカ村、トロイデ館の一室。
ミケーレが土下座している。
「真ッ実相済まぬ」
平身低頭。
「此奴が分家を立ち上げる肝心要な時なのに、また遊里で放蕩三昧して居るかと思い、つい激昂いたした。相済まぬ」
「伯爵家や周辺の方が黒魔術を行っているという偽証拠を残そうと蠢いている者を一網打尽に足しました。取り逃した残党残るは一人。先刻杉の黒い森の辺りで一戦交えましたが、森の奥へと逃げられました。ここ辺りで待ち受けて次こそは、討ち果たしましょうこと」
「さすがはガルデリの御一門」
「御城を狙うなら必ずや当家に接近して来ようと読んで、ここまでお連れいたしました」と、次男坊。
「其方も手柄じゃ。しかし痛恨である。ゲルダンの姫君と子まで為し、其のお命救いたさに黒魔術を行ったるは恐らく御曹司。我ら爵位を返上してまで強訴して御曹司の廃嫡を訴えたに甲斐もなし。この日を迎えて終うた」
「やはり本当の事なのでしょうか」と、曹長。
「なんとか正しい医術でゲルダンの姫の病平癒が果たせるならば、黒魔術の痕跡悉く闇に葬り万事解決と夢見たが・・」
「兎も角、わたくしは偽黒魔術で人目を引こうという偽物どもの企みを潰します。曹長殿ご加勢を」
「お、おう」
◇ ◇
黒い森の入り口。
「こ・・これは・・」
森の中を迷って這いずり回り、とんでもないところに出てしまった。
死体、死体、死体の山。
いや、山ではなくて並んでいるが。
戦争があったのだろうか、こんな場所で。
「いや、黒魔術なんて、戦争に比べたら大したもんじゃないんだ」
いやいや、俺らの仕掛けたチャチな工作でも、たくさん人が死んだだろう。
「ブシャールの子分らみたいな行き当たりばったりの人殺しはしてないってだけで、俺らも真っ黒な罪人だ、先々こんな感じの地獄を彷徨うんだろう」
足音がする。
「そうじゃな。そうやって懺悔してみるがいい」
見ると、身なりの良い老人と従者らしき若い男が遺体を検分していた。
「いや、奇妙な現場じゃわい。存外こういうのが魔術かも知らんぞ」
「おっかないね」
「立ち上がる体力も無いか。随分とやられたな」
「生きてるのが奇跡って感じだね。もう通りがかりの村の子供だって俺にトドメを刺せる」
「お主の主人、破滅したぞ。ブシャールの件がスキャンダルになって田舎司祭に降格じゃと。赴任先は下旬からブリシェン」
「ブリシェン! 死んだな」
「ああ、死んだ」
「ははは、とうとう自分が尻尾切られる番か。しかし断言してもいい。コルラードの奴、カラトラヴァ大司教を道連れにするぜ。尻尾の意地さ、黙っては切られねえ」
「そのこころは?」
「ジャン・ブシャールの実の父は、本当はジャン・ピエール・カラトラヴァなのさ。コルラードは息子を託された単なる世話係だ」
「なんじゃ。お前、生き残れるではないか。手下も六人まだ生きとる」
「はは、これが悪魔の声って奴か」
◇ ◇
寺町、僧院旧聖堂跡。
「ここに干し藁を敷き詰めて火を付ければ、遠くからは火災に見える。愉快、愉快! 連中が大慌てする姿が見える様だ」
「隊長、延焼したりしないでしょうね? 放火じゃ極刑になってしまいます」
「だから、我々がきちんと管理するのだ。単なる焚き火は犯罪でも何でもない」
「大丈夫でしょうね?」
「大丈夫なように、やるのだ。我々が十分注意して実行するのだ。奴らを混乱させるだけだ」
「奴らが本当の火災だと思って踏み込んできて、そのため我々が火の管理に失敗したら?」
「放火犯にされて死刑だ。とんでもない! だからここには三人だけ。少数精鋭で、本当の火事にならないよう細心の注意を払いつつ工作する。あとの人員は下で防衛に徹し、邪魔が入らない様にする。以上だ」
◇ ◇
山猫屋の前。
「どうしちゃったんだ。一向に出て来ない」
夕方で冷えてきやがったじゃないか。様子、見に行こう。
留守番に倦んだ若手警吏オルシーニくん、中に入ってしまう・・
◇ ◇
夕暮れ、赤い西日が白壁を染めて、薄暗い辺りの壁面には斜めに穿たれた穴に篝火が挿し込まれる。
薔薇色の靄の向こうにニュンフ達が縺れ合って踊っている。
まだまだ少年っぽいオルシーニくん、倏忽に裸に剥かれる。
と、奥から白い花冠だけ着けたジョバンニとマルゴが手を執って現れ、皆の前で接吻を交わす。
脇の木陰からモモロが裸の女たちに手を引っ張られて登場。
「な、何が始まっちゃってるんだ?」
山猫屋の木戸があき、料理を持った坂下亭の小僧を連れたヴィナ嬢がすっぽんぽんで登場、大きな角杯を掲げる。
「みぃんなー、飲もぉう!」
オルシーニくん、ヴィナ嬢に助けを求めるように、
「なんでみんな裸なんです!」
ヴィナ答えて、
「だってお風呂じゃん」




