25.ニクラウス代行とっても憂鬱だ
《三月十日土曜、正午過ぎた頃》
ラマティ街道から東の見附。
若い門衛が、駆け抜ける騎馬の一団を見咎める。
見附の門衛、気色ばんで掲げていた市の旗をくるくる回す。
「警戒警報! 跳ネ橋上ゲヨ」
若い門衛たち咄嗟の判断。
彼ら皆の殊勲であった。
◇ ◇
警視閣下の馬車の中。
「コルラート審問官、醜聞で失脚しよった」
「早いっすね」
「いや、一昨日が教会の『十二支柱』欠員選挙の最終日よ。下馬評通り、エルテスの大司教こと王弟殿下が選ばれた」
「それ、聞きました。明日のお見送り大集会が、もうお祭りだって」
「そういうことよ。深夜にまで及ぶ評決の最終局面に土壇場一発『大司教座管区内で黒魔術事件!』の報せを入れるつもりの連中が、その代わりに『あんたの乾分アンリ・コルラート司教、隠し子が自殺したぜ』を受け取っちゃったんじゃ。逆転の仕掛け大失敗の巻じゃ」
「足引っ張る積もりの者が大転っすか・・」
「殿下ーーじゃなくて大司教ベナンツィオ座下は、予定通り京兆大僧官として首都にお帰りになる」
「コラードは・・」
「次期大審問官は無い。田舎司祭に転出が決まった」
「田舎って?」
「ブリシェンじゃわ」
「ブリシェンって・・つい先日コラードが市民何百人も火刑にした町っすよね」
「そうじゃな」
「そこへ、護衛もいない、なんの権力もない一介の司祭として赴任するっすか」
「そういう事じゃな」
「住民のリンチに遭いますよね」
「そうなるじゃろな、まあ十中八九な」
「それって、死刑判決っすよね」
「そうじゃな」
「えぐいっすね・・教会」
「そら、そういうもんじゃ」
◇ ◇
森の下草の中、手足が痺れて動かなくなるまで、道化師は這った。死力を尽くして何処迄も這った。意識が果てるまで。
「もう死ぬ・・」
幸運なことに意識を失ったのは須臾の間で、彼は朦朧とした意識で、再び這った。這った。
誇っていいんだぜ俺。あんな怪物に二度襲われて、今こうして生きている。
下草の中を、甲虫のように這った。
黒髪娘、トルンカ参審人の馬車に戻って来る。
「失礼しました」
「令嬢、もう用事はお済みなのですか?」と、棒読みめいた声調で。
「お恥づかしいですわ。私、お掃除や片付けものが得意でなくて」
参審人、馬車を出す。
ペッペ・ポラーレ独り馬上で、
「あの二人・・今朝見かけた人達だよな」
松明の灯りでは容貌確然と見覚えても居らぬが、間違いは無い。
ちゃらちゃら着飾った貴族と鑑札付けた娼婦の二人連れなど、そう見掛けぬ。
「なんだったんだ?」
振り返って鞍の後ろ半分を見て溜息。
「これ、俺が弁償すんだよな・・」
◇ ◇
相変わらず裸にスモック一枚のマルテ、階段降りてくる。
「俺ら、こんな格好でいいのかぁ?」
股引一丁に大きな亜麻布ばさっと羽織った男二人、後からついて来る。
「蒸し風呂、いく」とマルテ、廊下の中年女に告げる。返事したのか為てないのか判らないが、体を僅か壁側に傾ける。除けてる積もりなんだろうか。三人、眠そうな女の脇を抜けて奥へ。
木戸を開けると其処は中庭で、他の建物からも入って来られる造り。ちらほら人影がある。
木のベンチに袖無しの下着一枚で跨るように座っている娘にマルテ、
「山猫屋から三人ね」。
娘、ひとこと「一番星の部屋」
中庭に面した屋根付きの回廊で、船の帆の上に星一つ輝いている絵の付いた扉へ入っていく。マルテ、着ている物をぱっぱか脱いで奥の石壁に空いた低いアーチに這いずり込むと、穴から顔だして、
「早くおいでよー」
中は蒸気だらけ。
「あーダメダメ。股引脱いで! それから木の枝持って来て!」
「木の枝って、これか」扉の脇に立て掛けてあった木の枝持って、二人は股引脱ぎ蹴散らかして、奥へ這って行く。
寝台くらい大きな木のベンチの上で、丸裸のマルテがごろごろしている。
三人でごろごろする。
と、外から
「マルテ、やってるー?」と、声。
「やってないよー」と返事。
「よいしょ」
先刻の袖無し膝丈下着の娘が水桶持ってくる。
「ここでやっていいの?」
「いいけど、鼻血出して死ぬ人たまにいるから、やめとけば?
「やめとこう」
三人でごろごろする。
◇ ◇
トルンカの庄屋館。
「つまり、政治的な立ち位置と人道上の配慮の両立が色々悩ましいと」
「当の当事者が何やら拘泥って医者を呼ばぬのに、我ら政敵側が先走って良いものやら、悪いものやら」
ミケーレが、恐らく生来の渋面を更に加重する。
「その当事者さんが暴走しちゃって、あろうことか魔術とかに走った臭いって情報、市警すら届いてますんでねぇ。異端審問官の手先が捏造証拠で騒ぎ起こして揺さぶり掛けようって蠢いてる状況ですよ」
「兎も角、それとなく医者をこの村まで呼び寄せるのには成功致した。阿吽の呼吸で察して呉れたのであろう。飛び切り腕の良く、しかも口の堅い者である」
あ、この人・・人道の方が優先っぽい。
◇ ◇
市警本部。
ニクラウス代行、なぜか壁をじっと見ている。
自分は市民権取って三代目。生まれこそ此の町だが北部人系で下級貴族という血筋だ。いまいち地元民コミュニティの中では浮いているというか、南部ノリに付いて行けてない。少なくとも町の職員で上の方に北部系皆無な現状、俺はやっていけるのか? 不安しか無い。
考えてみろ。もし俺が正式に副警視に就任したら、二階級特進だ・・縁起悪すぎるぞ。
嫌な予感しかしない・・
「代行! 東門に異常事態!」
ああ、来てしまった。
◇ ◇
丘の上の僧院。
アンヂェら尼僧に混じって、マダレーナが尼僧の服で子供らの昼食の後片付けをしている。
「尼僧の服、似合ってますよ」
「仕方ないじゃん。絹のお姫様服で洗い物出来ないし」
「もう、あっちのお仕事しないんでしょ?」
「だーから、出来ないのっ! 鑑札ないんだよ。黒髪ちゃんが持ってっちゃったの!」
院長がにこにこ笑って見ている。
◇ ◇
市警本部。
「詳細を報告せよ」と、ニクラウス。
「東門に不審な騎馬の一団が急速接近したため、現場判断で跳ね橋を上げて緊急阻止した模様」
「門衛局から連絡は?」
「未だ有りません。居合わせた市民からの通報です」
「その騎馬集団の概要は? その後の行動は?」
「東が閉門してしまっているので不明です」
「門衛局は上から見てるんだろう。あっちから情報は?」
縦割りやってんじゃねえよッ! あ、心中で汚い言葉使っちゃった。
意を決して命令を下す。
「ベルコーレ隊を南門に緊急配置!」
「ベルコーレ隊?」
「ああ、もう! 西の中庭で『ベルコーレ軍曹!』って大声で呼べ。答えた奴がベルコーレだ!」
◇ ◇
怒鳴られた職員、走って中庭に行く。
「ベルコーレ軍曹! 誰がベルコーレだ? いたら名乗り出てくれ」
揃いのブリガンディンを着た男たち。
一歩進み出て「俺がベルコーレだ」
また「俺がベルコーレだ」
次々に「俺がベルコーレだ」
・・・
「・・こいつら、なんなんだ?」
◇ ◇
騎馬の一団は東門で阻止されて、一旦街道を戻り、南門に迫っていた。
門衛は城壁上を走り、南門の側塔に警報。南門総兵が緊急閉門を即断したが、市で賑わう南壁街道沿いに騎馬集団が闖入したため、パニックを起こした市民や内外の民間人が門内に殺到し閉門叶わない。
騎馬集団も市内突入を第一目的としているのか、帯剣はしていても抜刀してはいない。しかし門衛も人混みに押され、斧鉾を振るえない。
強行突破断行で馬蹄に蹂躙される被害者が出るかと思われた刹那、盾の壁が騎馬と市民の間を遮切った。
大型のパヴィス盾が作る小さな城壁が市民を護る。突進を試みる騎馬集団を押し返す。ブリガンディン装甲兵らは抜刀せず、盾が武器だ。盾に脊梁の様に盛り上がった金属製の突起が、馬の鼻面を押し返す。衝角の如き上下の突起を手槍か棍棒のように使う。
平蜘蛛のように伏せた兵士に前足を狙われた軍馬が遂に倒れる。一頭、二頭。騎馬集団の指揮官らしき者が号令を掛け、一団は市民の疎らな一角へと転進。擦り抜けて市内への侵入に成功した。しかし市民は守られた。
市民からベルコーレ隊に歓呼の声が上がる。
落馬した三名ほどを取り押さえ、軍曹が南門総兵と敬礼を交わす。
◇ ◇
市警本部。
「盲点だ」と、ニクラウス代行。
「東はラズースの関所があるから見附が一つしか無かった。見附の連中の機転がなかったら、市内の雑踏に直接踏み込まれていた。屋敷町に突入されてたかも知れんと思うと鳥肌が立つ」
「それで南壁の市場に突っ込まれて混乱が酷くなった気もしますが」
「それは言うな」
「賊は人気の少ない南倉庫街に侵入、東門総兵の出張ったバリケードに突き当たって北に転進。オルトロス街の荒くれ共と挟撃されそうになったが走り抜けて東西大路を西走。回り込んだベルコーレ隊を見て公文書館通りに入り込み、五叉路へ出て西区門衛のバリケードに阻まれました」
「迷走してるな。袋小路に追い込もう」
「寺町に入りました」




