26.討ち入り組も憂鬱だ
《三月十日土曜、昼下がりの頃》
「寺町に入りました」
「自分から勝手に袋の鼠になったか」と、ニクラウス代行。
・・いろいろ入った袋なのが問題だが・・
追い詰められた者のする事といえば、相場の見当は付く。
寺町で孤児や娼婦が人質に取られれば、参事連中からは『構わずさっさと制圧せよ』と横槍が入るのが見えている。尼僧院長が死ねば、聖女に祭り上げて観光名物にでもと言い出し兼ねん。余計な者が余計な口を挟まないうち、速攻で対応を始めてしまうに限る・・
「捕虜の尋問を急げ!」
・・って、こう言う時に、そういうの得意そうなスパさん居ないし・・
「ラズース関所に早馬! 通関した容疑者を探せ。こういう時に伯爵家の役人に顔が利くのは・・」
「ルポ。・・とかかな?」と戸口から声。
「閣下!」と、一同直立の礼。
市長のガブリエーレ・ダ・マッサ男爵がいた。
◇ ◇
トルンカ村、トロイデ館の一室。
「どうなのだ?」と、ミケーレ。
「まぁ、ひと安心じゃ。この後も間歇的に症状が逆回えすが、だんだん軽くなって平癒に至る。本当は二、三か月くらい経過を見たい処じゃが、町の診療所をそうそう留守にも出来んでな。一番良いのは、具合の良い時に町で出てきて、のんびり湯にでも浸かって療養する。これがお勧めじゃ」
「庄屋殿のお身内さんって、女医さんだったのか。世間って狭いなあ」と曹長。
「田舎は、そういうもんじゃ」
ミケーレ、ナネットの頭を撫でて、
「これが当家の倅の嫁で、そちらがその叔母上である」
後ろにいるのが亭主らしい。 ・・って、コワモテ親父と全然似てねえ。
「いや、そちらの娘さんが庄屋殿のお嬢さんで、あちらの優しげな兄さんがお婿殿かと思いましたよ」
「わしの兄貴分だった戦友の娘で、生まれた時から識っておる故もともと娘の様なものである。女医殿も妹同然じゃ」
南部人って、こういうファミリー世界なんだよな。
「若い頃のミケーレ兄は天涯孤独とは言わんが、兄弟二人きりで修羅の世界を渡って来られたお人じゃった所為か、あんな顔して結構ひと恋し屋じゃったわ。血の契りを交してトローニェの家で一緒に暮らすようになった血族じゃ」
おい、婆さん。庄屋殿恥づかしそうだから止めてやれ。
「あの・・兄が町で療養とか、そんな贅沢は・・」と、トロイデ妹。
「心配いらん。ミケーレ兄の甥が町の顔役じゃ。トルンカ分家の当主を面倒見ぬとか、それは無いわ。わしから話を通しても良いぞ。」
◇ ◇
市警本部、会議室。
「閣下。ルポ様は休暇で、ご実家の方に居られます」と、秘書らしき男。
「あら、間が悪い。じゃ、ぼく紹介状書くから馬術の上手な書記官、なる早やで」
「有難うございます」
「市民、非市民問わず、負傷者は?」
「仮設救護所で受入れ二十一人。皆な軽傷です」
「新設部隊、優秀らしいね」
「元ゲルダン兵を登用することには市民からの反発が懸念されますが、幸か不幸か南門の一件では市民の良い印象を得られそうです」
「参事会とかの雑音は気にせず、存分に腕を振るっちゃってね。面倒ごとは、ぼく引き受けるから」
なんか、軽いけど良い上司っぽい。
◇ ◇
寺町の蒸し風呂。
マルテと二人客、水桶に浸した木の枝で叩き合って、一頻りはしゃいぎ回った後、再びごろごろ寝る。
暫くして・・
「涼もうぜ」
丸裸のまま中庭に出て、桶の水を掛け合ってまた騒ぎ、騒ぎ疲れてベンチにへたり込む。
「ここって裸でいいのか? 周りの窓から丸見えだよなあ」
「裸でいる程度ならいいんじゃない?」と、マルテ。
「どこも娼婦とそのお客だもん」
見ると、下の部屋の小柄娘と坊ちゃん男がこっち見てる。マルテ、戯けて尻振って見せると、小柄娘が手を振る。
近くの石碑みたいなのに『汝ら神の如くなりて善悪を知る』とか『お帰りなさい。歓迎するわ不実なひと』とか彫られている。
「ん?」
僧院の鐘が変な鳴り方をしている。
「何だ?」
◇ ◇
丘の上の僧院。
武装した騎馬の男たち十二騎、下馬して門を固める。
「ヴァスカー! 三人連れて裏口を探せ」
指揮官らしき男、坂上から見下ろして、男坂の辻辺りを封鎖するベルコーレ隊の姿を認める。
奥で悲鳴。
ヴァスカーと呼ばれた男とベルコーレ隊の兵士が四対四で睨み合っていた。
寺男の老人二人が箒やら熊手やら構えて孤児院の少女ら数人が裏木戸を抜けるのを掩護、ヴァスカーら抜剣して修道女らを脅す一方で、掌を広げて兵士に制止を呼びかかる姿勢。
「まず女児だけ解放する。あとは交渉だ」とヴァスカー。
◇ ◇
市警本部で。
東向きの部屋なので、ヴェランダに出ると寺町の丘が見える。ニクラウス代行が遠く目を凝らしている。
門衛局のカペッラ書記官、市長に報告中。
「北門から七名割いて寺裏川沿いを巡回。西門寮の非番が総出で新機動隊のバックアップに回りました。東と南は、これが陽動の可能性を考えてシフトさせていません」
「新しい部隊の名前、考えなきゃねえ」と、市長。
ニクラウス代行、窓辺から戻って来て
「奴ら、なにか条件とか言い出すでしょうか」
「そりゃ市内を暴走しに来た訳はないもんね。連中の正体を探るためにも、何を言い出すか『話は聞く』って方針がいいでしょう。逃がすのはナシだけど」
「目下のところ軽傷者しか出ていませんので、賠償でという解決もありえます」
「黒幕引っ張り出せるなら実行犯は許したっていいさ。そういう取引はアリだね」
「元凶を追う方向ですね」
「若い人は、もう知らないかな〜。ニクラウスくんのお父さん世代なら、まだ知ってるかな。『棍棒で撲殺死』って決まり文句。『ダ・マッサ兄弟に楯突くな』って意味なんだけどね、ぼくのパパとか若い頃の昔話」
怖いことを言う。
「誰だか知らんが、後悔して貰う」
◇ ◇
蒸し風呂。
「姐さん! 来ちゃった」
山猫屋の裏木戸が開いて、小柄娘と坊ちゃん男がやって来る。坊ちゃん、丸裸のマルテを見て、もじもじしている。
「汗、流しておいでよ。気持ちいいよ」
二人、膝丈下着姿の娘に案内されて奥へ。
「お客さんたち、マルゴの裸も見られてお得よ」
「なんで寺町の娼婦はマの字が多いんだぁ?」
「知らない。男は無意識にお母さんを求めるとか尼さん言ってたっけ」
「そんなもんなのか?」
「知らない。あたし女だもん」




