24.スパ曹長も憂鬱だ
《三月十日土曜、午の刻に差し掛かる頃》
「庄屋?」
「お馬は馬丁がお手入れ致します」
引いていってしまう。
二人は家令に導かれて庄屋館へ。
「へえ、ちょっとした城のパラス並みではありますね」
◇ ◇
窓から見下ろすミケーレ。曹長らが玄関に入るのと入れ違いに、トロイデ館から大柄の修道士とその一行が出て来るのを見届けて窓を閉じる。
曹長らが案内されて来る。
「トロンカ村の庄屋、ミケーレと申す。見識り置かれよ」
「エリツェ市警のスパラフィシル曹長です」
「同じく警吏のロベルティです」
「ずっと早駆けして参られたのであろ。時間が許すなら休憩して行かれよ」
「お心遣いありがとうございます」
「なんの。お城に御用の方々に便宜を図るのも、此の村が伯爵家より承った職務である」
「ほんと、お城の支城かと思いました」と、ロベルティ。
「ご明察。昔も昔おお昔、あわや内戦勃発かと暗雲垂れ込めたる砌、支城の土台を築いたところで和平が成立。跡地に館と田畑賜ったのが当家の祖先で御座るわい。分家や家臣共々に此の丘上に住み着いて、いつしか領民集まって、斯様な村が出来申した」
「成程々々そんな由来が有りましたか」
「昔々の話で御座る」
「そこらの小さな町ほどに大きな村でありますのに、人の姿が少のう見えます」
「男衆は朝から農地に出向き、未婚の娘衆は日中はお城に上がって行儀見習いに勤しんでおる」
「もしや村の男衆は・・」
「左様。所帯を持って鎧兜ならぬもので身を固めた元兵士が沢山おる。外から不埒者が舞い込んだとて、そうそう遅れは取らぬ者共」
「それは心強い」
「とはいえ、どんな不心得者が忍び込むか、耳打ち下されば有難い」
「実はですな・・」
◇ ◇
トルンカ村、入口。
花を飾ったポンティ男爵の葬列が出て行く。入れ違いに伯爵家の輜重車が入る。
待ち受けていた村の衆が駆け寄り、年寄役らしき者が輸卒の積み降ろすトルンカ宛の荷の宛名を読み上げる。と、屋根の上にオルトリンダ・フィエスコの姿が有るのが漸次皆の目に入り、やがて大きい歓喜の声が上がる。
「エレナを呼んどいで!」 誰かが叫ぶ。
屋根からひらり飛び降りた身軽な女医の前に、エレナ・トロイデが駆け付ける。
「神様! 神様! なんて幸運!」
「どうしたんじゃ?」
「兄が倒れたんです! 運悪く御城で急患が出て、入れ違いで薬師様が出掛けてしまって、兄はもう人事不省になって、皆さんもお弔いの準備始めちゃって、そんな時に奇跡でしょうか! なんと旅の高僧さまが通り掛かったんです。其れでお坊様が『喝!』とか一言仰ったら危篤の兄が持ち直しちゃって・・」
「もしかしてレオン様か?」
「でも、一時凌ぎの体力増強術だから治療は本職のお医者様に診せなきゃって仰って・・でもお医者様とかいなくて・・困り果てていたら・・
ああ! やっぱり神様みそなわせ賜う!」
お祈りを始めてしまった。
「父上は?」
「なんかご来客中みたいですぜ」
「ご来客?」
◇ ◇
ミケーレの館、離れの西塔下。見晴らしの良いガーデンテラス。
「なあ、プロ公よ。どうせ田舎料理とか言ってたくせに、ご満悦じゃねえか」
「ああ、ちょっと変わってるが都の宮廷風と旧帝国式の折衷ってやつだな。飲み過ぎの胃袋を労わる気遣いを感じるぜ。村人助けたのが効いてるんだ。俺はいつもラッキーな男だぜ」
「あの辺に見えるのが御城か。もう、そんな距離じゃなさそうだ」
「そうは言っても愚図愚図したうえ彼方此方引っ掛かり、到頭まる一日の予定遅れだ。弁解が嫌々なのは皆なの心が一緒だが、ずるずる延ばしちゃ何時迄も埒明きゃしないぜ」と、ドーリア。
「昼だ。広場が人で賑わってる。人目について碌な事は無い。主人に頼んで裏からスッと辞去させて貰っては如何?」
「おお、スタン。よく気の回る奴だ。それが最善手」
「では話を通してくる。皆様は食後だ。まだ寛いでおられよ」
「そうだな、御前に上がるんだから酒は控えて茶を頂こう」
家令が茶菓子とポットを持ってくる。
◇ ◇
坂下亭から仕出料理を届ける小僧、寺町の坂を登り、男坂へ。
「んちわぁ」
山猫屋の玄関で天秤棒を下ろす。
「ちっと待ってな」と眠そうな中年女。眠そうな顔のまま立ち上がって、階段を昇って行く。案の定、三階は廊下まで嬌声が漏れている。
女、ごんごんと扉をつま先で蹴って、
「昼飯」
「・・・」
中から「もうちょっと」と返事。
「後で下まで取りに来な」と声を張り上げて女、階下に降りて行く。
代金を立て替えて、小僧を帰らす。
女、肘掛け椅子で目を閉じる。
いっこうに、誰も降りて来ない。寝息をたて始める。
◇ ◇
北街道。芦毛二頭に黒塗りの屋根無し軽馬車。幾つもの百合の花を左右から掌が掴んでる伯爵家の紋章。よく見ると結構気味悪い図柄。
参審人が芦毛に鞭を呉れる。
街道の道端まで杉の森が迫って来る辺り、道が真っ直ぐになって百歩ほど先に大きな荷駄馬が見える。
馬上にはペッペ・"イル・モロ"と、後ろに先刻拾った男。
彼、座布団を縫い付けた木製鞍の後ろ半分ーー背負ぃ子様になった部分の横木に腰掛けて居ると、俄に身震いしそうな悪寒が背中に走り、思わず振り向く。頬が引き攣る。
「(奴が来る!)」
軽馬車が荷駄馬と並んだ刹那、黒髪娘が突然スカートを捲って座席に立て膝。
参審人仰天して太腿の付け根を見ようと前傾ったが見えない。姿がない。
ペッペ、何か急に風が吹いたかと思った途端、背後の背負ぃ子が消し飛んだ。座っていた男の姿ごと消えた。風切り音がして、森の中に二つの影が交錯する。どさりと落下音。
音の近くに黒髪娘がふわり舞い降りる。
草擦れの音、遠退いて行く。
「森は服が汚れて厭です」
追跡しない。
唖然とした男二人。どちらも駒を止めて固まっている。
◇ ◇
山猫屋に客。
ぽっちゃりした、そこそこ育ちの良そうな若い町人。小柄な娼婦が腕にぶる下がっている。顔は可愛いが細っこい。
階段を降りてきたスモック一枚のマルテ、あと二段という所で足が縺れて滑って転び、大股開いて尻餅。若い客、瞳孔が開いてしまう。
入ってきた二人、小走りに二階の客室へ。
「あいたた」
マルテも続いて、仕出弁当抱えて階段を昇って行く。
小柄な娼婦、扉の前で振り返り、マルテに莞爾と笑って、
「姐さん! ナーイスあしすとっ!」
筆下ろし客だった。
マルテ、部屋に帰って皆と食事しながら、
「食べたら蒸し風呂屋行って、さっぱりしない?」
◇ ◇
「左様な次第で御座ったか・・」
庄屋殿、大きな溜息。
「曹長殿、貴殿もと公儀裏方の御用筋相勤められた方で御座ろう。身の挙動で判る。貴殿を漢と見込んで包み隠さず申し上げる。当家らはその昔、伯爵家に在らせられては不肖の若殿を廃し奉り甥御のガルデリ子爵を次期当主にと強訴致して果たさず、爵位を返上した者共である」
「それ、伺っちゃって良いんですかね」
「貴殿を漢と見込んだわしの自己責任じゃ聞いて呉れ。今、若殿が途方もない厄介を抱え込まれた。ゲルダンの亡命王女の身柄よ。その姫君が若殿の御子を宿し、産褥でまさに死のうとしておる。それ見た事かと呵呵大笑するとお思いか? 否じゃわ」
・・とんでもない話聞いちまってるよ、俺。
どうしよう・・
◇ ◇
市警本部、大玄関。
スパダネーロ警視とニクラウス足早に歩きながら、
「わしも直ちに時に当たって御城に向かう。大詰めじゃ、留守は任せた」
「自分がですか! 警備頭や騎馬頭は?」と、ニクラウス。
「本業持ちは名誉職と同じじゃ。機に臨んで役に立たん。お前を臨時の警視代行に抜擢する。この際、実績作っとけ。即戦力は、名目上オルトロス街で傭兵ん為っとるベルコーレ隊二十名が事実上市警専属で常時待機しとる。いずれ中隊規模で正規の機動隊に育てる予定じゃ」
「市警の組織改革を断行するお積もりですか!」
「子爵家の後ろ盾と市長の内諾。全て仕掛け済みじゃわ」
警視、新人情報屋ひとり伴に連れて馬車に乗り込む。
・・なんとまあ、判事補と宴会やってるうちに世界が回ってやがった!
◇ ◇
警視の乗る箱馬車は東西大路を東門すぐ手前まで進み、御屋敷街の丘陵裾から東倉庫街へと迂回、城市をほぼ半周するくらい延々と遠回りして北門の分庁舎街を抜けて北門を出た。
「都市計画、失敗しとるのお」
「やっぱ、ネックは車道っすよね」
「御屋敷街の面々は、台地の北斜面にあった城壁をただ強化して、自分たちを守る私兵で固めさせときゃ良かったんじゃ。北の砦は支城にしときゃ良かった」
「なんか似てるっす。北砦って形で、外に協力者を置いときゃ連携して戦えたのに、城壁で囲って身内にしちゃって失敗。お荷物になっちゃった」
「コルラート審問官も、計略に使うのはただの手下だけにしておけば良かったんじゃ。それが、息子を送り込んだせいで自分が危うくなった」
「どうなったんす?」
「親子関係が醜聞の種。失脚しよった」
「一発ですか」
◇ ◇
ラマティ街道から東の見附。
騎馬の一団が駆け抜ける。
見附の門衛、掲げていた市の旗をくるくる回す。
東の跳ね橋が上がる。




