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20.金庫番も憂鬱だ

《三月十日土曜未明、夜明け近づく頃》


 泥の中が少しぬく・・少し休憩・・

        だめだ。 ・・それ、死ぬ。


 とにかく、着る物だ。この寒気の中で濡れた体じゃ持たない。せめて朝日が射すまで何か・・いや、せめて体を拭うものを・・。

 と、見ると畑地の脇に藁束が積んである。あれに包まれば・・駄目だ。堆肥だった。

 途方に暮れた道化師の目に、あかりが見えた。


                ◇ ◇

「『モンク』が逃げたか」

「文句言わないで下さい曹長。私・・か弱い深窓の令嬢です」

「まあ、野郎やろお身一つで逃げたんだろ? もうインチキ黒魔術の痕跡デッチ上げる道具も無えぜ。ひと安心だ」

「それが、有るんじゃ。しかも本物がな」

  「え!」

「世子んとこっす。世子んとこで匿ってるグェルディン王女の御病気快癒祈願、これ実際にやったって話っす。焚き付けたのはベレンガリオの仲間達」

「その連中も昨日、御城に向うた」

「万策尽きた『モンク』の野郎、狙う最後の一手ぇ打ちに、一体全体どこ行くと思う? 先ゃ決まってらあな。行くぜ、ロベルティ」

「でも開門まで小半刻ゃ優に有ります」

「いいから付いて来な」

 行き止まり馬車道を西区の方に歩いて行く。

「あれ? イル・モロ、早いね」

 挨拶してすれ違う。

「いやぁ、小耳に挟んじゃいました。プロキシモら連中、御城なんですって?」

「知っての通り、連中は世子と長い付き合いじゃ。そうでない者が突然いきなり行って這入れる城ではないぞ」

「警視様、曹長さんは何か手蔓つてでもお有りですの?」

「無いじゃろな」

「では?」

「ご令嬢、考えてみられよ。審問官の手先ども、町におるベレンガーを陥れようよしたのは何故じゃ?」

「御城の世子の所に潜り込む伝手つてが無かったからです。つまり曹長は潜り込めない者がどう考えて何処に行くかを、頭の中でもう追跡しておられる」

「多分そうじゃ」

「それなら第一の手掛かりは俺んだな」と、トルンカ参審人にんまり。


                ◇ ◇

 この世界、皆な夜早寝して朝は早起きする。灯火が高価たかく付くからである。

 むろん農家は朝早い。午前中にひと仕事だ。市場も早い。日の出とともに開門で、街道沿いの南壁市場はすぐ賑わう。だから主婦は皆な未明に起きる。

 女医も早い。ずっと煮出している薬草と同じ炉で、シチューも煮込んである。今日は何故か一階で寝ている人が二人もいるので、足音を忍ばせて朝食の支度をする。今日は特に、弁当も作る。

 夫と館長が相前後して目覚める。

「いてて」

 声を揃える。椅子で寝たので腰を伸ばしている。


「今日トルンカに行ってようと思ってのう」

「なんか用事ができたのかい?」と、夫。

「祝いじゃ。フェンとナネットに、ヴィッリの男爵家から養子の話が来た」

「本当か! そりゃ目出度い」

「あたしも行きたいけど公務があるからねえ。代わりに宜しく言ってね。日を改めて会いに行くって」

「どうすんじゃ? 複姓だと長すぎる」

「それは困ったわねえ」

「挨拶なら上の二人も行ったがよいわい」と、夫。

「そうじゃな。起こして来るか」

「あ! いや! 呼べば良い良い。小さな家だ!」

 法医慌てて、大声。

「おおい! ナネットやぁ! フェン君やぁ!」

 二階で、がたがた音がする。


 寝坊するだろという大方の予想を裏切って、二人はずっと起きていた。


                ◇ ◇

 西の草庵。

 修道僧らが庭で聖像に額づき、灯明を上げている。朝の勤行だ。

 末席にタンクワルドの姿。剃髪している。

 夜陰に乗じ半裸の男。

 裏の家畜小屋の方に忍び込み、気配を窺いながら小屋の裏木戸へと消える。

 聖歌が響く中、男が野良着を抱えて再び現われ、闇に消えていく。


                ◇ ◇

 協会会館、五階。

 ヴィナ嬢私室。

「しまったぁぁぁ!」 飛び起きる。「寝過ごしちゃいましたぁ」

 ベッドの隣を見る。

 誰もいない。

「ほっ」


 一階大広間はれ。三々五々、求職者が集まって来ている。

 髪を未だ梳かしていないヴィナ登場。ヴェールを適当に巻いて誤魔化している。掲示板前では、読み上げ小僧が張り出された求人票を教鞭みたいな棒で指しながら順番に読んでいる。ああ、そうだ。新しいの作ってない。

「そうだぁ。イーダっち、休みだったんだぁ」

 きょろきょろする。

「バイトっち?」

 なんか中庭の方で書類片手に警備主任と遣り取りしている。

 走って戻ってきて、

「昨日の新着、貼り出し済みです。割りの良さそうの二件はベテランさんが速攻で攫って応募。受理済みです。説明事項少なく済んでスムースでした。あとはどれも魅力無い案件で、痼り玉と合わせて今日は暇そうです」

「(お・・優秀・・)」

「それからペッペさん請けてた案件、救出対象者が受注前死去と判明。キャンセルじゃなくて依頼内容変更です。条件変わらずで。査収下さい」

 書類渡される。

「それから、監獄に六名受入。スレーナ家でお借りした昨日の三名分に追加ということで、こちら警備主任と典獄のサイン。見積お願いします」

 渡された書類が増える。

「それからベルコーレ隊の成果報告書。検収サイン確認済み」

「ベルコーレ隊って? いたっけぇ?」

「昨日の朝の新規登録者です」

「まあ? 仕事の早いご新規さんですぅ。受取人はどこ?」

協会うちに口座開設するそうです。これ」

 渡された書類が増える。

「ベルコーレ隊、昨日すぐ現場に出たんで誓約の儀が未済です。ギルマスの日程押さえ願います」

「うー、ギルマス何時いつ起きるかなあ」

「辰の刻には判事補閣下の馬車が迎えに見えるので、身支度済ませていて頂かないとなりません」

「うー」


                ◇ ◇

 そこへトルンカ参審人。

「わ、気まずい」

  (・・さっき起きた時ぃ、こいつ隣にいたらどうしようかと思ったぁ・・)

「(なんて言って来るぅ?)」


 参審人真っ直ぐ黒髪娘の処へ行き、

「俺の実家、今日来る?」

「ちょっと考えます」


「こんのやろぉぉぉぉぉ!」 ヴィナ激昂。

 無論不幸な誤解である。


                ◇ ◇

 南区、馬車家の前。ペッペが焦っている。

「小僧ばかりじゃ話にならん」

「そう仰られても、おいらの一存じゃ高級馬の貸し出しはできないす」

「なんで、どこの店も親父が留守なんだ」

「いや、だから今朝は出物がありそな競りがあって、目利きがそっちに集まってんす。なんか纏まった数出るらしくって」

「ちくそう間が悪りい」


                ◇ ◇

 西区北の階段道。

「いたた、いた、叔母さん待って」

「きりきりお歩き。遅れちまうよ」

「筋肉痛で・・」

「すみません義叔母さん、もう少しゆっくり」

「まったく、何で身支度にあんな手間取るんだい。お前が抱っこして歩け」

「それはちょっと(あいたた)」


「なんでこんな所を通るの?」

「近道だからに決まっとろうが」

「怖いわ」

「強い男が隣におるじゃろ」

「強いだなんて。おれ程度じゃ・・」

「フェンは強いわ、とっても。自信を持って」

「うふふ」

「ナネット」

「きりきり歩かんか」


                ◇ ◇

 西門から、渋い顔したペッペ・ポラーレ・”イル・モーロ”、鈍重そうな荷駄馬を牽いて登場。

 渋る小僧に駄賃を握らせて、なんとか鞍は置いて貰ったが腹帯辺りが心許ない。四苦八苦する。

「乗れんのか。これ?」

 跨るまでにも結構苦労する。

「はあ・・驢馬のが良かったか?」


                ◇ ◇

 女医、北門を出て足早。ついて行く姪夫妻、後ろに目がないと思って、いちゃいちゃ歩いていて時折叱責される。城市周辺に広がる菜園や養生している休耕地を抜け、まっしぐらに北の見附を目指す。

 道を挟んで見附の反対側に伯爵家の厩がある。厩舎の脇に屋根差し掛けて下にベンチ。仏頂面した兵士が座っている。手持ち無沙汰そうに戦闘用ピッケルをいじっていると、厩舎の壁に凭せて御城に納める品を積んでいた御用商人の作業が終わる。兵士はただの番人で、荷の受け渡しには関わらぬ様だ。奥の草原で寝転んでいた若い書記官見習がやって来て、納品書と突き合わせて、首から下げていた印を捺す。

 ベンチに座っていた兵士が女医らの姿を認め、黙って席を譲る。婿殿が会釈をすると、ケトルハット兜の鍔を摘んで、礼のような礼でないような。小僧のような書記官見習いが寄ってきて、天気の話など始める。

 やがて街道を輜重車が来る。


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