19.道化師も憂鬱だ
《三月十日土曜未明、暁七つも近い頃》
フィエスコ氏は眠れないで居た。
幼い頃から知っている義兄の娘・・。
兄貴の娘の二つ下で、二人ちょびちょび遊び回ってたのが昨日のようだ。
若い医術者仲間としてエルテスで妻と知り合う前に、義兄・・いや未だ義兄じゃなかったトローニェ男爵とは、最初は仇同士として出逢った。伯父フィエスコ男爵の決闘相手だ。
お互い血讐をせず恨み残さずと誓約しての決闘だったが、従兄弟はその誓約を破った。だって仕方ないよ。父の仇を撃たない息子に相続権なんて無いさ。法律の決まりではない。地元の常識というか・・慣習だ。それでフィエスコ本家は絶えた。まぁ最初から伯爵側の仕込みだったんだろうけどな。
トローニェは馬鹿みたいに強かった。
そりゃ伯爵家の筆頭侍大将だ。
いや、単に強いという意味なら次席のトルンカ卿が上だったかも知れないが、トローニェ卿の剣術には華があった。トルンカ卿はどかんとぶっ壊すような無骨な剛腕だったから。
俺も兄貴も血気盛んな若造騎士で、連中と幾度抗争したことやら。今思えば、よく生きてたよ俺。
旧フィエスコ領の評定衆仲間が軒並み伯爵に阿るようになり、梯子外れちゃった俺たち兄弟は、故郷に後足で砂かけるように出奔した。家屋敷と年寄株は従兄弟に頼んで買って貰った。話のわかる奴だから、餞別がてら結構大金を作って呉れた。
人生一寸先は闇だ。
俺ら兄弟、騎士を捨て剣を捨てて町で自由人になったら、どういうわけか伯爵家の双腕だったトローニェとトルンカも、妙な内部政争に巻き込まれてヒラ騎士に落っこちてた。いっとき家中でガルデリ寄りの家門が軒並み不遇の身と相成ったらしい。この嶺南地方、雪解けで伯爵家とガルデリのご成婚があると伯爵家譜代の家臣にもガルデリ系と姻戚関係を結ぶのが現れたり、冬の時代が来ると彼らが排斥されたり、くだらん仇波が定期的に立ち騒ぐ。大貴族の家臣も大変だ。
そして、俺たち気がついたら親戚だった。
いや。実はそれ、トローニェの妹に岡惚れした俺の仕業なんだがな。
あーったく、トローニェの娘とトルンカの倅。じぶん家と区別ついてねえだろ。
まあ、みんな俺ン家の子供だけどさ。
クリスも、いい男めっけろよ
子宝に恵まれなかった元騎士の法医、甥姪が可愛くて仕方がない。
流石に眠くなってくる。
◇ ◇
北区、法地の廃屋前。
足音を忍ばせた男ら。坂を降りて北門へ通じる馬車道に出る。
北へ二名、南へ二名と散る。
南北の馬車道は、北へは寺裏川に架った橋を渡り分庁舎街に入る。南は西区の旧城壁前で階段坂まで。岐路は幾つかあるが、東側は急坂になって行く細道が殆ど。西もすぐ城壁に突き当たる。
川に面した土手通り以外は皆な細い道である。
城壁沿いは幅広の空地を置いて門衛の不寝番巡回路。他の畦のように高まった歩道で、馬車は通れない。つまり、川の南の馬車を引き入れられる家屋は数えられるほどしか無いのだ。
寺町男坂のアジトを放棄した時、ゲルダン残留組は隠れ家を物色していて先刻承知の地理だった。
間もなく彼らは馬の繋がれた廃屋を易々と見つけ出す。
橋の袂の集合場所に急ぐ、
◇ ◇
女医オルトリンダ・フィエスコが目を覚ます。掛けて貰った毛布がずり落ちて寒さを覚えたのだ。痩せて大柄な彼女の体を肘掛け寝椅子が持て余した為だ。見ると、夫がソファで寝ている。この人は如何して自分みたいな愛想のない人間に良くして呉れたんだろうと、暫し昔を回顧する。
やはり夜が明けたらトルンカの村へ行こう。行って久しぶりにヒルダの仏頂面を見よう。あんな無遠慮なやつが自分に直接頼み事して来ないなんて、明らかに何かある。気になって仕方ない。
腹時計で朝まで一刻と少しくらいじゃろか。
いま少し寝ておこう。
◇ ◇
馬車の通れる幅員で絞り込み、馬の気配で特定する。
馬小屋近くの小さな板張り破れ小屋の中に不寝番であろう人の気息。
本隊は何処だ?
灯りこそ見えぬが、馬小屋からは一本道の袋小路。先にあるのは一軒。斜面を角に掘り込んで二面に自然石を積み上げた草葺きの穴屋だ。
見張りに残った斥候が気配を殺していると、ベルコーレ軍曹率いる一個分隊と斥候三人が密かに接近して来る。先に見張り小屋を制圧すれば、物音で奥の本隊が気付くだろう。如何やって一気に奇襲するか軍曹が考えている側から・・
「うゎははは、悪党共の隠れ家は此処か!」と大声。
困った人が来てしまった。
◇ ◇
ロベルティ警吏は気持ちよく眠っていた。見知らぬ黒髪の美少女と知り合って口づけを交わそうとした矢先、おっさんの怒号で起こされた。おっさん言っても三十代前だが。
「出張るぜ、ロベルティ!」
「うぇぇ、真夜中ですよ曹長ぉ」
「直き明ける!」
眠い目擦りながら服着ると、
「下にホウヴァク着とけ」
「えぇぇ? あらごとぉ?」
走る先は西区の大木戸。門衛に捕物ある旨声高に告げるスパ曹長と、石段一気に駆け降りる。先を走ってくニクラウス曹長の姿も見える。
「うゎははは、一網打尽だ! 突撃ぃ!」
なんか叫んでいる人がいる。
◇ ◇
見知らぬ完全武装の兵隊がいるが味方みたいだ。
横一列に並んだ列の前を火種箱を持った兵が走り抜けると、一斉に松明が点く。突然煌々辺りが明るく成る。
奥の方で馬が暴れている。
小屋から長剣を持った平服の男が三人飛び出してくるが、一人に当たり武装兵士が二人づつ襲い掛かる。一人を相手にすると、もう一人が死角に回り込むのだ。忽ち制圧する。
斬らないで松明で殴っては蹴り潰す。強いな。よく訓練されてて集団で戦うのに慣れてるみたいだ。
奥の主屋らしい方から両手に大斧持った大男が出てきて荒ぶるが、縦長の盾を持った兵隊たちが取り囲む。大振りに斧を振り回した隙に盾の尖った角で喉やら腹やら滅多突きにされ膝を着くと、盾と松明で袋叩きになる。
こいつら戦場で実戦慣れしてるぞ。一人だけ面頬付けてない男の指揮で十人以上のチームが手足のように動いてる。こんなの見たことない。なんでこんな軍隊が市内にいるんだ!
◇ ◇
「うゎああはははっははっは!」
この人・・なんですか。私を護るとか言ってませんでした? 真っ先に斬り込んじゃって。
まぁ、要りませんけど、護衛。
結構強い。
というか、なんか鬱憤溜まってたのかな。
というか、この人が細腕の文官と呼ばれて落ちこぼれてる伯爵の脳筋家臣団、舐めたら不可かも知れません。
そのとき、草葺の屋根を破って夜陰に乗じ、猿の如き影が飛び去ろうとする。
黒髪娘の姿も消える。
寺裏川の岸近く。黒い影が二つ飛ぶ。
「あー、武器持ってきてませんでした」と黒髪娘、装身具に見せかけ腰に巻いていた分銅鎖を投げる。
修道士服を纏った道化師の脚に絡み付く。
道化師、転げて河原の斜面を落ち、川に落ちて沈む。
「寒いの嫌いです」
黒髪娘、追跡をやめる。
◇ ◇
「一通り片付いたみたいっす」
新米情報屋がカンテラ提げて、私服の老人を夜道に案内して来る。
「一味は死亡三、捕縛八、但し瀕死二であります」
「あー、五人は俺の獲物」と、参審人。
「白状さす捕虜が欲しかったんじゃがのう」と、老人。
ベルコーレ軍曹、来て跪く。
「閣下、向こう一年市警の不浄役人として奉公いたさば過去不問で準市民にというお話、再確認くだされ」
「違うぞい。来年の新春節まで新たな罪禍なく市庁に勤務致さば過去不問で準市民にという話じゃ。後ほど書類」
「どう違うんだ?」と、スパ曹長。
「不浄なもんなど、おらんよ」
黒髪娘、戻ってくる。
「頭目逃げました。西の出水路潜って」
「スレーナ令嬢ですな? 町の警視を務めまするスパダネーロじゃ。この出動、市警に法的根拠ないんで、スレナス家のフェーデちゅうことにして貰うて、いいかな?」
「私、狙われましたんで、それで順当かと」
「兄上らが外出中じゃから傭兵ベルコーレ隊を雇ったことにして、彼ら協会で初実績。準市民登録完了で万事よしよしじゃ」
「うわっははははは、伯爵家に仇なす不逞の輩に自衛権行使でもいいぞ。指揮官は俺、俺!」
「参審人殿どうしたんじゃ?」
「昨夜から調子変なんです。酔っ払ってヴィナ嬢に求婚して酒瓶で頭叩かれてから」と、ニクラウス。
◇ ◇
寺裏川。城外で西川に合流して南流した辺りの芦原。
泥の中から半裸の男が現れる。首から紐で道化師の仮面が垂れている。
「がはぁ・・死ぬとこだった・・」
両足首に鎖が絡み付いて溺れる寸前だった。必死で解いた。邪魔な修道士ローブも脱いで必死で水に抗ったら自然とここの泥溜まりに流された。
「どうして、こうなった・・」




