11.相続人も憂鬱だ
《三月九日金曜、昼下がり》
南門の事務所。
長剣を下げた麦わら帽の男ーー正確には、もう剣を預かったので『さっきまで長剣を下げていた男』だがーー着衣はただの農民っぽいが体格は騎士を思わせる。
南門の総兵が相手をする。
「南部の方は野盗の被害が酷かったが、昨日ギルドの人が十三人だかお縄にした。市内でも両手から挙げたとかで、当分は一息だな」
「東の方は被害が単発です。徒党組んで荒らしてるのと違う」
「南は何百両もドンと積んで超一流雇って一挙解決だそうだが、そっちは勝手が違いそうだな」
「そんなお金ないしね」
話し込んでいるところに来客。ギルドから迎えだ。
しょぼくれた初老の男。黙礼して入ってくる。
「こないだの依頼ですが、結局のところ救出屋さんは出しませんでした」
「おい! どういう事だ」
気色ばむ。
「『龍殺し』さんが出てます。犯人は絶対許さないって事でしょう。わたし担当外ですからギルドからの公式見解じゃありません。わたしの無責任な噂話ってことで了解して下さい」
「そういう事かい」
「そういう事です。お気の毒です」
「そうか・・あの子たち、もう望み無しか」
なんか目が潤んでる。
「今日は別件なんだ。情報屋さんを頼む」
「まあ、会館に行きましょ」
◇ ◇
会館応接室。
「結局、囚人に凶状持ちが居なかったってことは・・」
「南江を越えて侵入して来て、嶺南だけで荒らし回っていたわけです。しかも伯爵のクリエンテスを上手に避けて、本気で討伐に乗り出して来られないよう利口に立ち回っています。背後関係が気になりますね」
「きゃはは。伯爵さん家じゃないですよねぇ。いや冗談ですぅ」
「そうなら参審人さんが率先して、彼らをすぐ処刑するなとか、徹底究明をしようとか言い出しませんよ。ただ、情報漏洩はあり得ます。彼の一番の関心事は其処でしょう。手配者有無確認のみと言っていた当の私が、取り調べめいたことを始めてしまいました」
「凶状持ちの連中、なぜ人相が判っていたんです?」
「ラズース峠の関所を破ってくれましたからね。混乱の中で記録を残した伯爵家のお役人は優秀ですよ」
「取り逃したのにぃ?」
「あれは特選抜の突撃隊員だった者共でしょう。並みの捕り方では歯が立たなくて当然です。私が褒めたいのは関所詰めの文官ですよ」
皆が談笑しているとき、陰気なマリオ・ディ・トルンカは・・ふと、もの思う。
昔々、聞かされた話、自分が生まれる、ずっと前の話だ。
伯爵家とガルデリ家。
百年を超す抗争の歴史の結末。
先代伯爵のところにガルデリのお姫様が嫁に来た。俺のばあちゃんは、伯爵家譜代の子女の中から夫人の侍女に選ばれた。
貧乏籤だった。
夫人が暗殺されたとき、一緒に死んだ。
忠臣だと皆から言われて、家格が上がった。
だが、よちよち歩きだった母さんは、お蔭で修道院で育った。
思うところが有ったんだろうか? 今の伯爵様が再びガルデリ家から奥様を迎えたとき、母さんは自ら一番に志願して侍女に上がった。二代にわたる忠義者と賞賛された。
だが、奥様が若くして亡くなられ、トルンカはまた貧乏籤を引いたと言われた。
兄も成人して直臣じゃなくて、市の職員に転出で、皆から冷や飯と言われた。
そんなだから俺は、トルンカの・・そのまた分家として如何に生き残るか、ガキの頃からそりゃもう真剣に考えて生きて来たんだよ。自分で言うのも何だが、結構頑張って来たんだよ。
戦闘力主義といえば格好いいけど、要するに腕力バカ揃いの伯爵家の中で、もろ文系な俺は生き辛らかった。だが、ものは考えようだ。文官の層が薄いのに修道院から人材を迎えることも良しとしない伯爵家で、市内にある別邸詰めの文官としてナンバー3になるまで順調も順調だった。ガルデリ寄り過ぎの家ってハンデも追い風に変わった、この歳で参審人に任ぜられ、新興家門の初代として出発した。まさに今が肝心な時だ。
だから協会で重要なポストに就いてるカルサヴィナ嬢に突っ掛かったり、自分には決して得にならない、然も、やる必要のないことは絶対慎むべきなんだよ。
自分は冷静で抑制の効いた人間のつもりなのに、なぜか感情的になってしまう。ああいう、その、・・性的な意味で自由すぎると言う噂の・・あくまで左様いう噂の人にとる態度が平静でないと言うことは、恥ずべき事なんだが。
ヴィナ嬢をまた、ちらりと見る。
◇ ◇
宿の二階から、例の名前のない男が降りて来る。愛想のない女に話し掛ける。
「今夜、女の人、呼べますか?」
「暇なら、昼の方が安いぞ」
「日が落ちてからで」
「おとこが二人?」
「わたしは用事があって外出します」
「ふん」
納得したらしい。
男、2階に帰って行く。
女、廊下の奥の肘掛け椅子に座ったまま、スカートを捲って、股倉に挟んでいた火鉢の灰に挿してあった蓋付きの角杯を取り出し、燗の付いた酒を一口飲む。そして板張りの壁を叩くと、壁の向こうにいる誰かに何か言う。
◇ ◇
西区。
フロラン家の屋敷。
ペテロ・フロリアーノが声を殺して泣いている。
「ごまっだ奴だったが・・」
「慰めにもなりゃしませんが、苦痛なく一瞬で逝かれてます」
「誰がッ!」
「付いてた護衛二人とも、三人一緒にやられてました。三人一緒に石壁におでこ打付て即死してます。相手は人間じゃ有りません」
「・・・」
「護衛らの元締めが言うに、決して復讐なんぞ考えちゃいけない相手だろうって。俺も同じ意見です」
「考えずにいられるかっ!」
「ただの勘ですけど、手を出したら俺とか生まれる前の事件・・多分旦那さんよくご存知の事件の・・二の舞じゃ・・」
「・・・ガレッティ」
「そんな雰囲気で」
ペテロ・フロリアーノ、俯いて無言で頭を掻き毟る。
「僭越ですが、弟さんにそんな危ない橋を渡らせた人にこそ、お怒りを向けるべきじゃないかと。散々お金を毟り取った挙句・・」
暫し沈黙の後フロラン家の主人、机の下から瓶と青硝子切子の脚付き猪口ふたつ取り出して、
「少し付き合って呉れるかい?」
◇ ◇
会館大広間。
黒髪娘の周りに子供が三人。
「それでトニオじいが、ね おてまみ って」
「お手紙?」
「おひげの、こわいひととー」
「これこれ」
「この絵の人がいたのね?」
「うんうん」
「仲間が、もひとり居たわけね?」
「で、トニオじいがこれって」
「うーん、お姉さんそれ、先に出して欲しかったかな」
「おねーさん、ぱんつ」
男の子、後ろに回ってスカートを捲る。
「あ、今日はだめ」
「ない」
「こらっ」
さっき応接で出していた焼き菓子で釣って追及を躱す。
「ばいばーい」「ばいばーい」
手を振る。
「ふう、何処でああいうこと覚えちゃうんだろ」
もと傭兵だった寺男の老人が寄越した人相書の裏を見る。
昨日行った男坂あたりの略図が走り書いてある。丸印が付いて男二人の影絵。
「ふぅん」
「今日・・ひと少ないなぁ」
昼間から飲んでいる老騎士のところに行く。
「アルテスブルク卿、ちょっとガン伍長貸して」
「こいつの子種は品質が悪いぞ。わしのにしとけ」
「長さは十分ご満足いただけると思うんでやんすがねえ」
「だけども、そいつぁグリッシーノだぜ」と、従者ロッシル。
「いえ、今日は尾行上手が出払ってて、狙撃手なら代わりにいいかって」
「一発必中ならお任せあれ」
「わはは、出来ちゃまずいわい。なにせ品質が悪い」
「人相書の男の居場所が判明ったから見張って欲しいのです」
「で、貸し賃は一刻当たり乳ひと揉みでどうだ」
「無料ならいいです其れで」
「冗談だわい。あんたの兄貴の目が怖い」
軽口には慣れてきた彼女であった。
◇ ◇
公文書館に来客。
「フェンリスヴォルフ・フォン・トルンケンブルク様ですね?」
「は? フェンリス・ルポ・ディ・トルンカです。どちら様?」
「街の代書屋アントニオーニと申します。どうかお見知り置きを」
「御用向きは?」
「本日は、あくまで打診と申しますか、お使いなのですが、フェンリス様に養子縁組のお話がありまして、その・・」
「は? 私、トルンカの跡取りで妻帯者なんですが」
「いえ、決して悪い話ではございませんで、きっとご両親様も御喜びになるお話なのです。両養子の口で、奥様にもお話しせねばならぬのですが、先ずはご主人様にと」
「どういう事なのです?」
「それがですね、ヴィリ=ガルデッリ男爵家の継嗣として是非とも、というお話で・・」
「・・え、えぇぇ・・?」




