10 . 殺人者も憂鬱だ
《三月九日金曜、午後》
所謂その、背の高い痩せた男は憂鬱であった。親しいわけではないが仕事の仲間に嘘をついている。東門を抜けたとき、確かに衛兵に怪しまれていた。実際、私服で尾行して来た。撒いたのだから、当然尾行は知っていた。顔を覚えられているかも知れない。
自分の失敗を矮小な羞恥心ゆえに隠して、仲間を危険に晒している。確かに自分は安直に殺人を犯す無責任な人物だ。危機意識も碌に無い。自分なぞ如何でも良いと思っているからだ。自分は名も無い殺人者である。それも商売でやっている。本名など疾うに忘れてしまったし「黄色の殺人者」という他人呼んでの称は言いたくない。
そんな自分ではあるが、それでも矢張り後ろめたい。時間が経つほど打ち明け辛い。つい目を逸らす。
目を逸らされた髭面の男。まぁ大方ぁ無造作に捨てて来た死体が見つかって早晩面倒事になると心配しているな、と察しを付ける。責めても今更仕方無い。
「さっさと済ませてずらかろう」
「そうですね」
「お前ぇ娼婦を殺すの嫌だろう?」
「ええ」
「俺も嫌だわ」
広い世間。好きで人を殺す奴はいくらでも居る。何故この稼業になったやら。
「兵隊の頃は楽だった」
◇ ◇
監獄棟から応接に戻った判官ら、流石に少々疲れの色。
見ると部屋の模様が変わって、北部式に円卓を囲む会議向きの配置から、旧帝国風の寛げる肘掛け付きソファに変わっている。円卓も撤去されて、幾つかの小さなサイドテーブルに焼き菓子などが置かれていた。
皆の着席を待って、ハーブ湯で割った葡萄酒を湛えた大振りのカットガラス盃が供される。
「ほほう。東方風の趣向ですか」
「東帝国の最近の流行りでぇす。疲れを癒す薬効があるそうですぅ」
「心憎いご配慮ですね」と、判事補。
「カルサヴィナ嬢は髪色とお召し物の色を合わせる着熟しがお上手ですね。しかも春らしく華やいでおられる」
機嫌を取ったのか嫌味を言ったのか微妙な話題振りを承けて、門衛局書記官が解説する。
「意匠としても仲々洒落ていますが、彼女は少女時代に此の国に来て、髪が『娼婦の鑑札』色とか、随分と心ない陰口を言われましてね。反骨心で檸檬色を好んで着続けるんですよ」
年齢も近いし、古い馴染みらしい。
「しかし、ゲルダン敗残兵の野盗化は社会問題です。荒地の開拓で彼らに生業を提供なさる伯爵の政策は、着眼点といい御志の高さといい、さすがですわ」
「スレーナ嬢は政治にも一家言がお有りなのですね」と判事補が乗ってくる。
空気読んで話題変えてくるこいつらって、やっぱり貴族だなぁとか感心するニクラウス曹長。
「(いや、俺ン家だって歴とした貴族なんだぜ。分家に乗っ取られて三代前に南部に流れてきたけどな)」
なんかぶつぶつ言ってるが、他人には聞こえない。
◇ ◇
僧院中庭。
マグダが子供らと、少し遅めの昼食に豆鍋をつついて居る。
背後からアンヂェがぐりぐり肩を揉みながら、
「ねぇねぇ、マダレーナさぁん、このまま此処に住んじゃいましょうよ」
「揺するなよ、メシ食ってるんだってば。汁が零れる!」
売られて流れて来たけれど、ここの暮らしは嫌じゃない。
その昔、なんとこの寺の住持が、此処らの女衒の黒幕だったのだそうだ。色々露見して追放され、そっちの組織も壊滅した。
帰るところのない女たちが残されて、さらに最後まで堅気に戻れなかった者たちが残った。そこへ新たに転落して来た娘が加わり、引退した女を養って二十年から続いてきた。何やらそういう一家というか、組合というか、自分はそういう集団の一員だ。
西区はずれの色街は経営者も娼婦もプロっぽいが、寺町の方は素人くさい。誰が抜けても咎めない。
「まあ考えないでもないさ」
◇ ◇
西区の医院。
ナネットがまだ叔母の家でゴロゴロしている。
「夕食作れる時刻に帰ればいいや」
「いっそフェンもこっちへ呼んで、今夜は一緒に食卓囲むか?」
「あ、それいいですね」
そこへノック。
「おりょ義姉上」
「市庁の用事があってな。帰りに寄り道したよ」
「ちょうど今、今夜はフェンもこっちに呼んで夕食にしようと話してたとこじゃ」
「ああ、クリスもおる日だったら良かったのにねえ。なんか今夜は御城に行くような話に聞こえた」
「会うたのかや?」
「それが驚いた。今朝ひょっこり調べ物に来てな、なんとレオン様と一緒だった」
「ななんと、お懐かしい。お元気でいらっしゃった?」
「元気も元気。相変わらずの図体で、町一番のガルデリ剣士が華奢に見えたわの」
「レオン様がガルデリ剣士伴って御城に行くと・・?」
「それも、今や管区大司教というお立場でだ」
「もしかすると・・?」
「もしかする」
「遂に、か?」
「遂に、だ」
「伯爵家御曹司・・廃嫡」
◇ ◇
協会の応接室。
プフスから来た判事補閣下。太守の甥だ。成人して間もないのに王都の太学を出て早くも叔父上殿の片腕だ。こうして目の当たりに見るのは初めてだが、毛並みがいい上また大層な遣り手だこと。
トルンカの次男。言わずと知れた伯爵家譜代の家臣の次男坊でガルデリ寄りの最右翼の家の者だから、なんか露骨にスレーナ男爵令嬢ヨイショしてる。伯爵家の次期当主がガルデリ系だから兄貴は未来の家老格が確定と噂される中、分家として生き残りを賭けちゃってる頑張りが幾分痛々しい。
市警の曹長。市民になってまだ三代目だから警視は難しかろうが、まあ明日の市警を掌握する男だろう。
ヴィナちゃんは俺の幼馴染だ。市民権取ってたった三年目だから力になってやんないと。まあ逞しいから余計なお世話だろうけど。なんか判事補さんと仲よくて心配だな。あの人にゃ確実に良家から嫁さん来るぞ。
スレーナ令嬢もしかして、此のまま半分探索者ギルド職員みたいに落ち着くのだろうか? 商工ギルド旗色悪い。
・・・十何年か後の此の町は、いま此処にいる連中が動かしてるかも知れない。
門衛局長の倅レナート・カペッラは改めて皆の顔をしげしげと見る。
◇ ◇
寺町から旧城壁の階段道を降りて北区に入り、振り返ると東は半ば崩れた石垣跡が山肌に残り、急斜面に粗末な家々が階段状に建つ。南は谷状の自然地形だった所を石壁で塞いで、今もまだ堂々たる城壁が聳えている。道の先には急な石段がまるで梯子のような登り坂になっていて、大木戸がある。あの上が西区の住宅街だ。旧城壁の櫓跡や狭間がまだ残っていて、その先に高級住宅街の高層階が覗いている。
天国と地獄だ。
周囲の北区に広がる貧相な平家を見比べた者は誰でもそう思う。
傾斜地にへばり付いたような荒屋が鱗のように続く。
それを貧民街と呼んだら川の段丘と芦原の間に並んだ家々を呼ぶ名がなくなるので、いちおう新市街と呼ばれている。どう見ても市街ではないが。実態は、街の死骸が近い。廃屋や空き家が目立つ。実は旧市街が手狭になったときに拡張しといてインフラ整備が追いつかず、交通の便も悪かったので、こうなってしまった。都市計画失敗の巻である。
もと傭兵と殺し屋は空き家を物色する。
お互い名前も呼ばないが、仲が悪いわけではない。呼ばれたくない男達なだけである。町に入れないでいる男タンクワルドが元はまともな出自であるのとの差だと思えばいい。
もと傭兵は団にいた頃はちゃんと名前を名乗っていた。自分で考えた名前だが。殺し屋は、生まれたとき名付けられた名を辛うじて覚えている。もちろん名乗る気はないが。綴りは定かではない。読み書きを覚えたのがずっと後だったから。
若干歩き回って見つけた手頃な空き家が、つい今朝に寺町の拠点を引き払ったゲルダン人、詳しく言えば旧ラーテンロット王国敗残兵が屯する廃屋とごく近所だったのは、まったくの偶然である。
◇ ◇
南門に、麦わら帽被って長剣下げた青年が来る。
「紹介状をお持ちですか?」と、門衛。
「いいえ、探索者ギルドを訪ねたいのです」
それでは、あちらの職員さんを呼びますので、こちらでお待ちください。規則で長剣はお預かりしたいのですが」
「それではお預けします」
素直に差し出して預り証を受け取る。
「矢張り、此処で正解だろうな」




