9.悪党たちも憂鬱だ
《三月九日金曜、昼》
「来ねえな」
「来ないですね」
丘の頂、寺町坂上の古木の影に、背の高い痩せた男と肩怒らせた髭面男の二人。
「来ねぇとなると、こっちから連絡入れる伝手が無ぇ。だが奴は俺らの宿を知ってる。まぁ待つしか無ぇ」
「ここでもう少し待ったら、帰って宿で待ちましょう。それとも、ここに一人残り、一人は宿で待つか」
「お前さぁ、同伴で来たとき、門番に顔見られてねぇ?」
「それは見られてますが、さして印象には残ってないでしょう」
「一緒に来た男、どこへ置いてきた?」
「倉庫街みたいな所の狭い袋小路の奥です。木箱を被せときました」
「・・・」
「昼間さえ人気の無い場所ですよ」
「イヤな予感がする。お前、宿で待て。なるべく他人に顔見られるな」
「では、戻ってます」
「なあ・・」
「?」
「タンクが来なかったのは良かったのかもしれん。昨日着いて始めちまってたら後戻りが難しかった」
「後戻り?」
「お前ぇの殺しが露見ねえうちに中止してずらかるって策だよ」
その時、
「あんたらがブーハルト司祭様って方の下男かね?」と、寺男の老人。
「(司祭ぃ?)」
「確かにプーシャルト様の下男ですが」
「アビグノ修道会から僧院便で子供らの古着が届いてな。そん中に門前で待ってるあんたらに渡してくれと包みが入っとった。ほれ、封緘が解けとらんの確認して受け取ってくれ。式典に着る服一式じゃと」
「ありがとうございます」
老人、門内に戻って行く。
「確かに、あいつの字だな。読めんけど」
「あの人が司祭って・・」
二人して笑う。
◇ ◇
市警本部裏。
通称、小便小路。
とととん、すっとんとん ♪
浮浪者っぽい服の若い男が妙な拍子で板壁を叩く。
その背後に音もなく忍び寄った男、大店の手代ふう。
「おい、その叩き方、誰に教わった!」
「猫密偵さんっす。火急の知らせで警視閣下かニクラウス曹長さんに必ず直接伝えろって。これが預かった鑑札」
「猫密偵氏は閣下を何と呼ぶ?」
「じ・・『じじい』っす。失敬・・」
「ついて来い」
尾行ヘタクソな某ケルダン兵卒、スパ曹長に随いて中央広場噴水前へ向かう。
◇ ◇
協会、ギルマスの私室。
寝ている。
「ぐるぐる回ってるし」と、弱々しい声。
「もいっかいぃ、帝国式酔い抜き荒療治、しますぅ?」
「あれは許して・・胃が、もたない」
「はい、お水飲んで」
「ゆるしてぇぇ」
少し落ち着いて、
「晩餐会、出なきゃダメ?」
「ダメ」
「どうしても?」
「それと、人相書でた奴、町に入るためだけに人ひとり殺す狂った奴ですぅ。腕前のほど判らないので慎重にいきまぁす」
「イル・モロとか手空いてないの?」
「昨夜からジャンニと組んでますぅ」
「間が悪いなあ」
「兎に角ぅ、夕方までにはシャキッとして下さいね」
◇ ◇
探索者ギルド協会会館敷地、監獄棟。
取調室。
囚人が退席。
「みな随分大人しいですね」と、参審人が怪訝な顔。
「第一次の取調と調書作成は、彼らを制圧したスレーナ男爵家の方が担当されましたので、少々威圧が効きすぎているやも知れません。参審人殿まで威圧的に接されたのは失策ではなかったでしょうか? ーー」
ちょっと嫌味っぽい。
「ーーわれわれ門衛局では文官は柔和を心掛け、武官と異なるようメリハリ付けて効果を上げております」
「一人だけ喉に重傷を負って、取調べに耐えない者がおりますな」
「喉の一箇所でしたね。捕縛時の負傷でしょう。参審人殿が疑われたような状況は想定しにくいでしょう」
「いや閣下、疑ったなどと・・」
「申し訳ありません。私が加減を知りませんで」
「令嬢が?」
「急な襲撃を受けたもので、手近にあった箒の柄で、つい・・」
「いえいえいえいえ、トルンカの者がガルデリ一門の方に無礼な口を利くなど、青空が落ちて来るくらい有り得ないこと。疑ってなと居り侍りません。誤解です」
「(どんだけびびるのよ)」
「ベラスコ側が仕掛けた血讐と疑う余地は有りませんね?」と判事補。
「異議ありません」
「法廷ではないのでリラックスして。裁判籍に関する協定の場と考えましょう。事実確認します。本件の虜囚については、参審自由人ベラスコの自力救済に基づく生殺与奪の権利が同家並びに契約による同盟者スレーナ男爵家にあります。」
「異議ありません」
「伯爵法廷参審人からの申し出により、当面の間虜囚らの殺害を留保し、虜囚らの伯爵裁判管区内における余罪、特にリッピ館襲撃事件についてのより詳細なる調査が、伯爵の費用負担の下で行われることに各当事者が同意し、当地の探索者協会が委託業務として受注しました。ここまで宜しいですか?」
「異議ありません」
「それでは、同協会が調査報告の成案を提出した時点で、リッピ・スレーナ両家が虜囚を殺害しないと意思表示した場合のみ、伯爵法廷が虜囚らへの罰令権行使を審理するという協定案で如何でしょうか?」
「同意します」
◇ ◇
窓口で典礼主任。
「誰も来ない。のどかなお昼どきだなあ」
◇ ◇
中央公園、噴水。
池のふちに老人と若い男。
「ってことで旧東グェルディン兵一個小隊は、ドラゴンスレイヤー氏一行を迎撃する体制で待ち構えてるっす」
「一触即発じゃな」
「猫の兄哥さん一行は俺らの『探索班』って触れ込みで、何とか擦り抜けて可及的速やかに御城に乗り込んで、救出活動の詰めにかかる計画っす」
「ギルドの方は?」
「戦力の切り札『黒髪兄弟』と職員の『目鬘書記』を繰り出してるから、最悪『そのまま武力衝突』のセンも織り込んでの最終交渉って感じっす。結局は伯爵が、越境してくる俺ら旧グェルディン兵を単に食って太るだけで満足するのか、それとも派閥の一つに肩入れして南に軍事介入まで狙うのか・・その決断次第」
「どっちに転ぶかのう・・」
「俺ら寺町の拠点では『姫様を戴いて王国再興!』って叫んでた上のもんが根こそぎ刈られたっす。素直に考えりゃ、伯爵家で『肩入れして軍事介入』に反対してる派閥のアタックっすよね」
「折しも今この町で、代官所、伯爵家、市庁の若手実務文官が会談しとる頃じゃ。どんな話が出とるかのう。
◇ ◇
寺町男坂の怪しい宿。
「これは、このとおり『ヤれ』って指示か・・」
「二人でやるしか無さそうですね」
「今読んだのが書いてあった全部? これ、そのとおり『ヤった』として、そのベリンガーとかいう奴の仕業に見せる方法って、まったく書いてないんじゃねぇのか?」
「今読んだのが書いてあったこと全て。他は何も書いてありません。これが届いたときのように、ないないと思っていたら思わぬ方角からポロっと出たりしないとも限らないですが」
「お前ぇ、紹介状無くって苦労しただろ。言われたとおり『だけ』やって上手くと思うか?」
「とてもとても、あの人やること雑だから」
「素顔晒して一緒に歩いてた男ぶっ殺して裏路地に捨ててきたお前が言うか」
「だが『やる』は決定か・・。どうも気が乗らん仕事だが」




