8.参審人の明日は更に憂鬱だ
《三月九日金曜、午前中》
このエリツェという町、東のかた百里の距離にある城下町プフスを攻めるために仮設で置かれた軍隊のキャンプ跡地であるという。良い水場であることが優先で、決して防衛的見地で築かれてはいない。
攻めるためのキャンプだから、攻められることは考えていなかったと言えば言い過ぎだが、明らかにあまり重視していない。交通の便は良くてぜんぜん要害の地でないし、外濠は全周すらしていない。
それは商工業の町として発展するには寧ろ良かったし、創建以来このかた戦争らしい戦争の洗礼も受けていない。城壁はもっぱら、この町の「余所者嫌い」という性癖に奉仕して来た。商業・工業で生きる町が其れでいいのかと言われれば、結果としては、きちんと信の置けるまで容易く他人を信じぜぬのは良い事だった。
勿論それは大勢の傾向であり、その反対の人もいる。この市民Aさんがそうだった。不幸なことに、そうだった。
彼は倉庫街の裏路地の物陰で、絞殺死体で見つかった。昼日中の午前中、そんな犯行に及べるほどに人気のない場所が市内に有るのかといえば、あるのである。倉庫街も職業別組合が管理しているから、業態ごとのブロックになっている。だから入出荷が深夜に賑わい、日の出の頃には閑散とするブロックも当然あるのだ。
本事件の発覚は早かった。南門での不審者目撃情報は速やかに東門にも届いていたので、最初からマークされていた。合法な入市を妨げる正当な名分がない。それで私服になった門衛が追跡したのだが、簡単に撒かれてしまった。
明らかに当地の事情に疎い犯人に協力して人のいない地区に逃げ込んだ市民Aの行動については不可解なところが多いが、担当した警吏ウォルフガング・ティーアは後日、犯人が巧みにマイノリティの心理につけ込んだと述べた。
「わかるんだよ。俺もこの町に来る前には随分と経験した」と、垂れた耳の毛を搔いた。
犠牲は出たものの、南門で偶然居合わせた市警職員が犯人の風貌を克明に記憶していた。人相書が撒かれた。しかし犯人の足取りは直ぐには掴めなかった。
◇ ◇
城西の草庵。
アンヂェリカが来る。
「解熱剤です。医院からお布施に貰いました。煎じて飲んでください」
フラ・ジェバンニ、拝んで受け取る。
「皆様におかわりは有りませんか?」
「ありません。食事にもありません」
「これは何という名前のお薬なのですか?
「薬は名前を忘れても薬効を失いません」
「申し訳ないが、これを煎じていただけませんか?」
「何か与れますか?」
「感謝を」
「フラ・ジェバンニ、貴方はどうしてジェバンニなのですか?」
「孤児院長が酔っていたのです」
アンヂェリカ、ポットの前に立つ。
◇ ◇
寺町男坂の廃娼館。
ベルコーレ軍曹、帰ってくる。
「ん? 貴殿は?」
「しまった、寝過ぎた。俺、ジョセッペ・ポラーレと言います。フロリアーノさんのガードを引き受けたんだが、遅かった」
「護衛を4人付けておったのですが、2名が離れた僅かな隙に残りの護衛共々殺害された。昨日の日没頃のことです」
「そうか・・。俺が依頼を受けた時には、とっくに亡くなっていたんだ」
「それは不可抗力だ。任務の失敗にはなりませんぞ」
肩を落とすペッペに、
「遺体をご遺族に届けられるなら、任務を果たせなかった不甲斐ない護衛の拙い詫び状をお届け願えませんかな」
ペッペ、首を振る。
「俺としちゃ任務失敗でない証拠になって有難いのだけど、あなた方が妙な嫌疑をかけられる証拠物件にされるといけない。俺から口頭で伝えた方がいい」
「お気遣いありがたく存ずる」
「それじゃ俺はこれから、フロリアーノさんの遺体を届けに行きます。一人でやるから。あなた方は早急にここを離れて下さい。おっつけ司直も動こう」
「辱い」
ペッペ、遺体を背負って上からマントを被り、出かける。
鼻歌を歌って坂を下っていく。
「かんかんのう、きゅうれんす。きゅうは、きゅうれんす ♪」
◇ ◇
背の高い痩せた男。
既に旅人風のマントは脱いで、荷物を包んで袋のように見せかけている。
ペッペとすれ違い、怪訝な顔をして振り返る。
「おかしな町だな」
廃娼館の少し手前にある怪しげな宿に入っていく。
肘掛け椅子に座って編み物をしている太め中年女、目つきが悪い。
「アルド・ブーフの名で三人部屋が取ってある筈です。」
「二階の一番奥だ」と女が鍵を差し出す。
「まだ、誰も来ていないのですか?」
女、無言で外方を向いたのか否定で首を振ったのか判断に苦しむ態度。
「ふん」
無言ではなかった。一瞬遅れて、やはり判断に苦しむ声を発した。
男、二階へ行く。「来てないのかな」
しばし所在なさげにしていると、ノック。
「俺だ」
迎え入れて、
「あなたは、どうやって市内に入りました? 聞いていませんでしたよ、市内に入るのに『紹介状』なんか必要だって話は。ブシャールさんって手際が悪いです」
「紹介状? 何だ、それは」
溜息。
「あなたも聞かされていなかったのですね。どうやって入りました?」
「どうやっても何も、俺ぁ元傭兵だ。元々どこでも通用する紹介状いつも持ち歩いてらぁな。もっとも初期登録とかで時間くっちまったがな。ここのギルド、やけに受付が混んでやがってよ」
「じゃ、ブシャールさんは、あなたを基準に考えたってことですか。私の身の上は知ってるくせに」
「先に来てるはずのタンクワルドが居ねえってことは、奴もその『紹介状』で引っかかったか。ブシャールは当然知ってたんだろ?」
「予定が狂ってしまいましたねぇ」
「で、お前ぇはどうやって入った?」
「男娼の振りをして市民を掴まえて、同伴して貰いましたました」
「おい、それ足が付くだろ」
「もう処理済みです」
「かーわいそー」
「ともかく、ブシャールさんとの繋ぎですね。
◇ ◇
探索者ギルド。
監獄棟。
「おえ」
ったく、死体の顔見ただけだろ。こいつ本当にトルンカ家の者?
いや、そう言や兄貴の方も軟派だな。でもあっちは性格が陽だから親に似てる。
「それではぁ、首実検はつつがなく終了しましたのでぇ、少し早いけれど昼食にしましょう」
あの姉ちゃんも性格が悪いな。
「お嬢さんは首実検に参加していなかったから平気でしょうけれど、少しは我らの胃を労って下さい」
「(おい、マリオよ。その姉ちゃんお前より年上だって知ってるよな?)」
「ごめんなさいですぅ。首実検お付き合いできなくてぇ。うちって慢性的に人手少なくって日常業務にも穴も開けられないのでぇ。こういう日に限ってまた貸金庫のご新規様向け営業とか普段あんまり無い仕事も出ちゃって・・でも他の皆さん平気ですよぉ」
「(あ、これ絶対に鹵獲不許可言い出そうとしたの根に持ってるな)」
そこへ黒髪娘。
「市警さんの持ってきた人相書、薄謝提供上乗せしちゃって構いませんか?」
「んー、それって市警でやるべきでは?」
「こういう時は協調体制でいくべきじゃないでしょうか、あちら決裁に時間かかりますから。あとで填補お願いする道もあります。ねえニクラウス様?」
「(組織に手配書持ち込むとか、絶対スパさんの仕業だな)」
「スレーナ令嬢は、今後も時折り窓口業務に参加なさるのかな?」と判事補。
「本業でお忙しくない時はぁ、是非ともご加勢頂きたいと思っておりますわぁ」
「出来れば、こんな忙しい時でないと有難いのですが。今般もいま少し報われたいと存じます・・その、日当的に」
「でも、まだ窓口離れる余裕がお有りですしぃ。男爵家の御令嬢が趣味的にお助太刀戴けたらぁ、これに勝る幸せはありませんわぁ」
二大銭の亡者の龍虎が相い食んでいる感じ。
「いやあ、年齢五歳違いで新旧大物揃い踏みですね」
あ、マリオ死んだな。
◇ ◇
その頃、寺町坂上の見晴らし良い古木の影に、背の高い痩せた男と肩怒らせた髭面男、二人の姿。




