4.曹長さらに憂鬱だ
《三月八日木曜、夜更け》
市の中心街。一際大きい屋根の上の小さな黒い影、ひょいひょい飛んでキャットウォークへ。
正面玄関は閉まっているが、すぐ脇の通用口で諍いの声。声高に喚き立てているのは大店か素封家の女中と思しき制服の若い女で、護衛らしき大柄の男が後ろに控えている。フード付きの長いマントの腰に不自然な突起。違法の長剣を帯びているやに見える。
応対の警備員が当惑気味。女が主家の権勢を笠に着て何か横車推してる風情。
外出禁止時刻の夜更けに故意々々傭兵くさい護衛まで付けて使いに遣るとは尋常でない。
「ううむ」と唸る。
それは物陰で見張っていた男。折角闇に慣れていた目が、この騒ぎで思わず玄関の灯りを見てしまい、屋上の影を見落とす。
溜息ついて、
「パオロ・フロリアーノ、今日は現れないか・・」
男、北へ向かう。
◇ ◇
西区。Fiescoの館に窓の灯り。そして人影。
真暗い石畳の通りを、黒衣の女が来る。窓の人影をちらりと見るが、用事は無いのか其の儘通り過ぎる。
唯、後ろからの足音に足を止める。
黒髪姉が来る。
「おかあ様。 ・・で宜いですか? 呼び方が分からないので」
「娘十七、八か。それで可い」
「北門手前の橋の下で縊れて居った七人組の件で御座います」
「弔うて遣って呉れるかや? 今ちと不憫に思えて来た」
「東の代官所が賞金懸けております」
「咎人として亡体を打ち捨て為すに忍びない。引き受けて遣って与れるかや? 賞金とやらは好きにせよ」
「(やった!)」
「其んな露骨に歓ぶな」
「(わ、聞こえちった?)」
「立居振る舞い今少し貴族らしく為るが宜い」
「此れより肝に銘じます」
一瞬勘考えて、
「荷車に潰れていました今一体は?」
「打捨て可」
双方礼法に則って辞儀を交わすと闇に消えた。
◇ ◇
既に乙夜*。 *註:二更
窓辺でナネットと叔母。
温めたワインに女医調合の香草。口当たりは悪くない。
「敵方だから手当てせんとか、そんなの士道に悖るじゃろとか、那奴の言い出しそうなこと」
「ふふ、苦虫噛み潰した顔でね」
「ああ、うん。話したことがあったかなぁ。わしら皆な、むかし御城に仕えて居った侍女たちの娘でなぁ。事件があって揃って母親喪うて、父親たちは武官でお役目有之、お山の尼寺で姉妹のように暮らしておった。お前の母御は後年わしの兄と一緒になりよって、ほんとに姉妹に成って始末うた。ヒルダは赤子に毛が生えた様な歳で、わしら幼いなりに頑張って世話しておったのに」
「解った! その所為であんな偏屈なんだ」
「わしらの責任ちゅうんか」
「違いましたか」
「否、左様かも知れん。器量は悪うないのに四六時中仏頂面でな、なのに最初に嫁ぎおった。世の中不可解じゃ」
「叔母さんも惚れられて還俗したくせ」
「わしは医術を学びとうて精進しておったに、宿六があんまり熱心なんでな」
惚気の話は食傷だから、
「なんで医術に嵌ったんです?」
「お嬢様が居られたのよ、超常の治癒力の。タダビトの身でも彼様な事が出来たらと憧れた。聖女様かと思ったが、お側に上がったら、お喋りで可憐な親しみ易い御方でなあ。突拍子もない話初めて延々と物語られたり、そりゃもう可愛いお方様じゃった
「はあ」
「それが黙っておったら天下の美女と・・いや脱線じゃ。それでその方のお傍に月影様が侍って居られた。医薬の手解きを最初に授けて下すったのは、あの方じゃ」
「月影様にお薬?」
「そりゃ毒薬と解毒の薬は一対じゃからのう・・いかん! あの薬、僧院に置いたままじゃ」
「?」
「鍵懸けてあるから、いいか」
◇ ◇
真夜中の僧院。アンヂェリカ独り。
「じゃ〜ん、アイテムゲット」
◇ ◇
「お聴きなさい皆さん、鐘が子の刻を打ちました。まだ起きている市民はー、もう一度火の元を確かめてー、明日のために就寝なされよー。魑魅魍魎に騙されぬようにー」
夜警さんだ。
窓の下を覗いてナネット、
「あ、すっかり話し込んじゃって、もうこんな時刻!」
見ると、叔母はもう舟を漕いでいる。
「泊まって行けって・・私の寝床、何処かしら」
二人分の膝掛けを叔母に掛けて、ナネット廊下に行く。
左手に簡易燭台、右手でカートルの裾絡げて、きょろきょろ。
「あ、此処・・クリスちんの部屋だ」
そういえば下着探してて慌てて出て行った。
ああいうもの付ける従姉の気が知れない。いや、姻族だから血は繋がってないが幼時からの遊び相手だ。どうせなら仕事着と割り切って正と男装すればいいのに。
つい懐かしくなって部屋に這入って了う。
何か彼女の重大な秘密を見つけそうな流れだが、クリスの探してたぱんつを見つけだだけで探索は終わった。
◇ ◇
窓の外。「お聴きなさい皆さん、鐘が子の刻を打ちました。戸外にいる市民はー、今すぐ帰宅なされよー。帰宅して神様に今日犯した罪をお詫びして悪魔が去りますようお祈りし、おやすみなさいー」
夜警に変装したニクラウス曹長が、静かにホルンを吹く。
今日は、とんだ一日だった。
お屋敷街で迷惑な余所者、似非法律屋ブシャールが首を吊った実況見分。立会いの参審人たちは見てるだけで、斧で扉破る肉体労働から調書作りまで俺一人てんてこ舞いだ。事件あと引きそうで怖い。
帰って来て、立小便男に罰金でも取るかと思ったら身内だった。とほほ、だ。
寺裏の川に薬屋のデブが浮かんでた・・らしい。もう市外に流れてった。あの家のことだ、捜索願は出さんだろ。あいつの薬、寺に置いて来ちまった。変な責任問題になりませんように。
お尋ね者の死体が六つ換金された。明日には代官所から役人が来るだろう。これは面倒くさい。賊に賞金懸けたのがあちらだから、首実検に来られるのは拒めん。だが、管区外で余計なことに首突っ込まれんよう誰か張り付かんと・・って、そういう面倒、たいてい俺に振られるんだよな。
確かにお国の役人と駆け引きとかロベルティの手に余るし、スパさんじゃ却って自分の思惑で掻き回しそうだ。ちくしょう。
まあ、ベラスコ館襲撃犯の取調べに忙殺されてくれると有難いが、ああ! これも伯爵側が裁判権主張してくると拗れるかも知らん。
「頭が痛い」
日が暮れたら組織*の連中大勢で捕物騒ぎ。 *註:探索者ギルド
しゃあしゃあと、聖木曜日のお祭りで松明行列だと抜かしゃがる。
「たぁく、みな口裏合わせて隙が無い。知恵者は誰だ」
騒ぎが収まったかと思ったら娘っ子のエスコート。お迎えまでは御免だぞ。
そして終いは是れだ。
織物生産者ギルドの徒弟連中の問屋街襲撃未遂。お蔭で夜警の真似事してお引き取り願った。小僧ども、オルトロス街の荒くれども七十余名の怪気炎見た後の目にゃ、何とも可愛いもんと映るがな。まあお目溢しだ。明日、親方に説諭で終わり。
「もう胃が痛いぞ」
と、思ったら未だ来る。
あの男、気配殺すの上手いが、ふん、此っちが上手だ。見覚えがあるぞ。連合会館の前で様子窺ってた奴だな。
「(フロラン家を張ってるのか)」
まあ、刺客や物盗りとか物騒系ではないな。
あれ? 玄関に入って行っちまった。なんだ、未帰宅者の迎えか何かか。いや、其れなら気配断ちして忍んでる必要が無い。
「また面倒くさい事案か・・」
◇ ◇
Fiesco館の二階。
「寝床あったし」
安楽椅子で寝込んでしまった叔母を寝室に連れて行き、ちゃんと用意されていた寝室で服の編み上げを緩めるナネット。髪も解いて、しどけない格好。
つい、従姉の部屋から持って来てしまった。
しげしげと見る。
「ぱんつ・・ かぁ」
◇ ◇
ラマティ村、深夜。
村長の次男が見廻りに出ている。
腕っ節の強い血気盛んな青年。
必ず二人づつ見廻りに出る規則にしていたのだが、人攫いの被害が出た日から何も異常なく丁度一週経って、気の緩みが出た。相方が酔い潰れて了った。
腕に覚えのある彼、一人で見廻りに出た。其れが不可かった。
関所の大木戸が閉まっている筈のラズース峠の方から足早やに来る人影。
目を凝らして黒頭巾の男を見る。
誰何する。
次の瞬間、彼の頸動脈が抉られていた。
未だ痙攣している村長の次男が草叢に放り込まれる。
再び、黒頭巾の男は足早やに、街道を西へと歩み去る。
月が沈んで真っ暗な道を、見えている様に走り出す。




