インターミッション 本作の世界観6 ー 国々と言語 ー
すいません余談多くて。また蘊蓄回です。
本作では漠然と北部人vs南部人という構造で、ナショナリティというか民族性の違いを出そうとしています。
仮名でルビを入れた箇所もあるし、綴りまで註で入れた箇所もありますが、見れば北部語をドイツ語または中世ドイツ語で、南部語をラテン語で書いているのが一目瞭然なのでございます。もっと露骨なのは人名で、書き言葉を読み上げる部分ではラテン名を、会話中ではイタリア語ふうの呼び名で、あるいはドイツ風の名乗りで、と色々混在させてます。
例えば、締め殺されてしまった可哀想な乞食のマキュ君は、院長さん記録を読み上げ得るとき「メルクティウス・ガレティウス」とラテン語っぽく読み上げますが、同じ院長さんが会話中では「メルクツィオ君」「ガレッティ家」と伊太利語読み。幼馴染たちは「マーキュス」とか「マキュ」とか英語読みのマキューシオにやや近い愛称で呼んでます。
これは「ドラ猫」の話中での登場人物の発言ーー書き言葉が(旧)帝国語、話し言葉がトスキニア訛りーーというのに対応しています。トスキニアという国名がエトルリア人の故郷トスカナ地方と・・何となく語感が似ているとか、現代イタリア語がラテン語のトスカナ方言から派生しているとかいう歴史的事実とは勿論なんの関係もありません。
ちなみに遥か昔、早稲田大学の入試で「ダンテはラテン語のどこ方言で神曲を書いたか」という問題が出て、入試の問題にくだらんトリビア過ぎると批判されたそうです。でも私、これを「くだらんトリビア」とは思えないんですよね。早稲田大学には何の義理も人情もありませんけど。くだらんですか?
法律の話で出てきたAuctor vetusがラテン語で、Sachsenspiegelが中世ドイツ語で書かれている事からも垣間見えるように、学問的な言葉がラテン語一辺倒からドイツ語に徐々に移行しだすのは13世紀あたりからでしょうか。でも作中の舞台は北部政権に帰順した南部の国ですから、俗語はラテン系で、行政で使われるタームや官職名はゲルマン系な傾向になってます。
お気楽で陽気でノリのいい南部人(イタリア人への偏見って言わないで下さいね)の中で、ひとり伯爵さんを陰気に悩む性格に描いています。これ、母親が北部貴族って設定から来てるのですが、具体的に描写していません。因みにガルデリ谷の人々が異民族という設定は、最初ハンガリー人をイメージしていたのですが、だんだん更に東洋的になって服装や踊りはチチェンか東のあたり、族長の称号はKhan、最後は露骨に匈奴か突厥っぽくなってしまいました。舞踊はレスギンカを念頭に置いています。
全く余談ですが、ひと昔前の有名な音楽家フォン・カラヤンはオーストリアの貴族ですが姓の語尾「ヤン」はアルメニア系です。東ローマ帝国に仕えたアルメニア武将の子孫とのこと。作曲家のハチャトゥリヤンと同じ語尾です。東ローマには文化だけじゃなく、ひとも東から結構入っているのですね。ウクライナ〜黒海経由でやって来たヴァリャーギ(ヴァイキング)が東ローマに仕えてたのは有名ですが、流石の国際帝国。




