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141 やめろ! 怪獣大決戦

 しかし、その前に姫子ちゃんが動いた。

「ところでぇー。このヘンなひと、誰なんですぅ? ダメですよ、先輩、今は物騒なんですからぁ、ヘンなひとと二人っきりになったりしたら、ヤバい写真撮られてさらされちゃうかもですよぉ~?」


 仮にもバイト先の取引相手になんてことを!

 しかし、私が彼女をとがめるまえに、才川さんが動いた。


「あらあら? ヘンなひとって、もしかしてワタシのことかしら? 警察に通報されそうになっている不審者は誰だったかしらね。ワタシはこう見えても、こちらの会社とはずっとお取引してるんですけど?」


 二人の視線がぶつかり合う。そこに激しい火花が散るのを、私は確かに見た。見た気がした。

 ヤバい。私のバイト先で今なぜか、変人デザイナーと常識知らず後輩のデスマッチが始まろうとしている。外でやってくれ、頼むから。


「黙っててくれます? 平群先輩は、ちょっとツンデレなだけなんですぅ。同じ会社だったとき、姫子のことをそれは優しく指導してくれたんですからぁ~」


 指導しようとする私に常にマウントをとろうとしてきたくせに、なんかいい感じの過去を捏造しないでほしい。


「あらヤダ。あなたって、まわりの人の気持ちがわからないのねえ。咲ちゃんは自分の気持ちを抑えつけて常識的に振舞おうとし続けてつぶれちゃう『ガンバリ過ぎ系』でしょ? あなたの指導をしていたときはさぞかし大変だったんじゃない?」


 そうだけど。なぜ会ったばかりのこのひとが私について語っているのか。この件については梨香を小一時間ほど問い詰めたい、


「キモ! いきなり出て来て、何でそんな偉そうな言いかたすんの? 平群先輩の何を知ってるのよ?」


 姫子ちゃん、勤務中に外部のかたにケンカを売るのはちょっと。あと、あの引っ張るような媚びた話しかた以外も出来たんだ。知らなかった。


「キモって言えば傷付けられると思ってる多数派キモ~(笑) マイノリティなめんな。そんな言葉は小学校以来シャワーのように浴びて来ていて慣れっこなのよ。人を傷付けてばかりきたって顔してるわよね、アナタ。教えてあげる、咲ちゃんもアナタのこと、ダ・イ・キ・ラ・イよ(はぁと)」


 そうなんですけど、だからどうしてあなたが私のことを(以下略)。もうわけがわからないよ。


「先輩!」

 姫子ちゃんの声がヒステリックに高くなる。

「先輩は、姫子のことが好きですよね? 大幡さんよりも!」


 えっ。姫子ちゃんが私にそれを聞くの? 心臓強いな。強すぎだろ。

 あとサクラちゃんとは比べ物にならないんですけど、全ての点で。


「咲ちゃん。こんなバカ女につきまとわれて大変ね」

 才川さんがスススッとすり寄ってきた。

「ワタシで良かったら相談に乗るわ。こう見えて、いろいろ経験は積んでるの。合気道の心得もあるから、ガードマンも出来るわよ(はぁと)」


「先輩!」

「咲ちゃん」


「姫子を選ぶでしょ!」

「ワタシを選びましょ(はぁと)」


 いや、ちょっと待って。展開が早すぎてついていけない。


 おかしいだろ、これ。なんで姫子ちゃんと才川さんが私を取り合ってるみたいになってるの。セリフだけ聞けばモテ期が来たみたいだが、『元カレを寝取った悪質後輩』と『初対面のいろいろ不明なヒト』から引っ張りだこになるって、かなり怖い状況だぞ?


 あれ、現実世界だと思ってたんだけど、『マニアック』にダイブしてたんだっけ。こんなわけのわからない展開、梨香の作ったあの電波なゲーム以外でありえないんだけど。


 私の頭の中で、母がよく歌っていた昭和の歌謡曲が流れ始める。当時十代のアイドルが歌ったというその曲は、女が二股かけていたのがバレて男たちがケンカになるという修羅場を描いたものだった。


『当時、この歌はアリかナシかで、六年二組の女子の意見が真っ二つに割れたのよ!』

 と母は楽し気に話してくれた。いや、知らんがな。


『ママはナシ派だったなー。でもね、この年になるとちょっとわかるところもあるわよね。同じくらい魅力的な二人の男。選べないことがあっても、いいわよね』

 もっと知らんがな。カレーを作りながらそういう歌を歌うのはやめてほしい。

 と小学生時代の私は思っていた。


 いや、私は二股かけていたわけではないんだけれど。片方は女子で片方は初対面だし。

 頼むから、お願いだから、ケンカはやめてくれ。いや、ケンカをするのは一向にかまわないんだけど、私のことを巻き込まないでくれ。


『怪獣大決戦は外でやってください』

 もうちょっとでその言葉が口から出そうになったとき。


「おはようございます。にぎやかですね」

 室長がいつもどおり、のべーっとした顔でのべーっとしたあいさつをしながら出勤してきた。その空気を読まない、水槽の中の魚みたいな存在感がこれほど頼もしかったことはない。


「あれ、才川さん。もしかして後醍醐が打ち合わせの約束とかしてました?」

「那須野さん、どうも~。そうなんですけど、梨香ちゃん入院しちゃったんですって? ビックリしましたー、大丈夫なんですか?」


「連絡が出来なくて失礼しました。貴重なお時間を無駄にさせてしまいましたね」

「いいんですよ、緊急時ですもの」

 

 室長にもぐいぐい距離を詰めていく才川氏と、いつもの如くのれんのようにそれをくぐり抜ける室長のスルースキル。これはこれで別種の大決戦の趣があったが、


「そちらのお嬢さんは、才川さんのアシスタントさんですか?」

 室長の視線が姫子ちゃんに留まった。


「いええ、違いますぅ」

 才川氏は明るく手を振ってから、にぃぃ~と口の両端を吊り上げた。

「その子ねえ、なんか、不審者? ですってぇ」


 あー。このヒト、黙って立っていれば『どちらかと言えば男の人』に見えるんだけれど。今の表情は、ものすごく女っぽかった。悪い意味で。


 室長は首をかしげて数秒、姫子ちゃんを見てから、

「不審者なんですか?」

 とたずねた。直球!


「違いますぅ。姫子は平群先輩に会いに来ただけなんですぅ」

 そして私に向かってキラーパスを放つ姫子ちゃん。やめて。ホントやめて。巻き込まないで。


 この子は私の人生の子泣きじじいか何かなのだろうか。

 私はそう思わずにいられなかった。


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