142 現実は創作より奇なり
改めて室長に説明せざるを得なかった。
・社会人なのに一人称が下の名前
・一般の飲食店内でオフタイムの取引相手に突撃
・よその会社の奥深くまで無許可で入りこんで営業だと言い張る
・よその会社で知らない人と大ゲンカ
こんな怪物の、新卒採用時の教育係が私でございます。
教育が行き届かず、というか教育が無力でまことに申し訳ございません。
珍しい外国の生き物をペットショップで買ってすぐに逃がしてしまって、数年後それが近所で大繁殖しているのに気付いたようなというか。いや、そんな経験はないけどさ。
「ふーん。突貫企画の吉峰姫子さん」
姫子ちゃんが差し出した名詞(私が出せと言った)を、裏にしたり表にしたりしながら見る室長。そして、
「申し訳ありませんが、ここは開発のみを担当している部署です。営業でしたら総務のほうへお願いします。会社のサイトに電話番号とメールアドレスが載せてありますので、まずそちらにご連絡いただいて、アポを取ってください」
淡々と姫子ちゃんに名刺を返した。
笑顔だし口調も穏やかだけど、内容的には『とっと帰れ。あとアポ取れ礼儀知らず』って意味だなコレ。重ね重ね、怪獣を人間に出来ずごめんなさい。
「えぇー。そうなんですかぁ? 平群センパイがいるのにぃ?」
唇をとがらせる姫子ちゃん。だからー、仮にも営業をやっているつもりならそういう顔と口調はやめて。あと、『出ていけ』って言われていることに気が付いて。
「平群先輩がいるなら絶対、面白い企画をやっているところだと思ったのに」
しかし文句を止めない姫子ちゃん。お願い…… 気付いて……。
「先輩を見かけて、わざわざ後をつけて居場所を特定した姫子の苦労は、どうなるんですかぁ」
【速報】私、ストーキングされてた?
「えっ。後をつけてって、今、姫子ちゃん……」
絶句する私。えっ、『営業にやってきたらたまたま私がいた』みたいな言いかただったじゃん、最初。
確かにこの会社って繁華街からちょっと歩いたところにあるし、飛び込みの営業をかけるひとなんて今までいなかったから、言われてみればおかしいところはあったのだけれど。『姫子ちゃんだから』と思って今までその点には疑問を抱かなかったよ。
え。実は、最初から私が狙われていたの?!
「ヤダ、ストーカーなの? やっぱり不審者じゃない。自白自白。通報通報」
スマホを取り出す才川氏。(嬉しそう)
姫子ちゃんは『しまった』みたいな顔をして口許を押さえたが、さすがにリカバリーしようがないと悟ったのだろう。開き直った表情になり、私をにらみつけた。
「だって。平群先輩、姫子に無断で会社辞めちゃうし。連絡先も変えちゃうし。奇跡的に街で見かけたら、大幡さんと楽しそうにしゃべってるし。勇気を出して話しかけても、姫子のこと無視するし」
えっ。あのとき、サクラちゃんに突貫したのも確信犯だったの。
ていうか、あのときも私狙いだったの。とてもそうとは思えなかったんだけど。ディスられたし。
「平群先輩はひどいです。あんなに姫子に優しくしておいて、会社を辞めたらポイ捨てするなんて。姫子の知らないところで勝手に幸せになるなんて許せない」
なんか私の知らない昼ドラ始まった。
待って。これ、どこからツッコめばいいの?
ええと。前職を辞めたのは、あなたが私から晴を奪ったことが原因なんですが?
【悲報】元後輩が何を言っているかわからん。
いや、別に悲報じゃないな。前からずっとだったわ。日本語が通じなくてずっと苦労してたわ、この子の教育係だったとき。
あの日だって、サクラちゃんと待ち合わせして、サクラちゃんとおしゃべりしたくてカフェに行ったんだから。そこでサクラちゃんより姫子ちゃんを取る選択肢とか、有り得ないんだが。無視とか言われても。
「一緒の会社にいたときだって、竹中さん(元カレ)が来るとすぐデレデレして、そっちに行っちゃって。平群先輩は姫子の教育係なんだから、いつでも姫子だけを見て、ずっと姫子の面倒を看てくれなきゃダメじゃないですか。なのに、なんで勝手に姫子を捨てるの! 先輩のばかー!」
絶叫された。
あれ……。会社の新人教育係ってなんだっけ。永遠を誓った伴侶なんだっけ。
なんで LGBT の痴情のもつれみたいなことになっているの。
ダメだ、もうツッコめない。
現実が『マニアック』を超えた。




