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140 前門の虎、後門の狼

「え、何ですか」

 私は警戒する。初対面のひとから『アナタのことわかってる』とか言われたら、そりゃ警戒する。

「うふふー」

 才川氏はニコニコと微笑む。


「梨佳ちゃんからいろいろ聞いてるもん」

 梨佳。いったい私についてどんな情報を拡散しているのだ。


 問い詰めるべきか流すべきか。迷ったときに、

「こんにちはー。はじめましてー、失礼しますー」

 別の高い声が割り込んできた。それも、妙に聞き覚えがある声が。


「わたくしぃ、突貫企画と申すイベント会社の吉峰と申しますぅ。今日は我が社の企画のご案内をしたくておうかがいしたんですけれどもぉ、誰もいなかったのでここまでお邪魔しちゃいましたぁ」


 姫 子 ち ゃ ん じ ゃ ん !


 才川氏の相手だけでもいっぱいいっぱいなのに、なぜこんなときに姫子ちゃんが! そしてその、ヘンに語尾を引っ張る話しかた、やめろって言ったじゃん。普段はしょうがないけど、せめて客先ではやめろってあんなに言ったじゃん。


 あと、なんでこの子が飛び込みの営業してるんだよ。私がいたときは営業じゃなかったじゃん。一番やらせちゃダメな人材だよ、基礎の礼儀作法がなってないんだから。

 

「あれあれ? もしかして平群先輩? 平群先輩だー?」

 姫子ちゃんは私に気付いて、鼻にしわを寄せた。ご自慢の厚化粧が崩れるぞ。才川氏に下地の塗りかたから化粧のイロハを鍛え直してもらえ。(他人頼み)


「やだぁー、なんでまた会っちゃうの? えー、ジーンズとかダサい、ここで何やってるんですぅ、先輩?」

 うるさい。こっちにはこっちの事情があるんだよ、手足に端子を付けるの男のひとにやってもらわなきゃいけないのに、スカートで来られないだろ。


「あら、他のお客さま? ワタシ、帰ったほうがいいかな?」

 才川氏が首をかしげる。

「いえ、不審者です。警察を呼びましょう」

 私は秒で電話の受話器を手に取った。


「えー、やだやだ、平群先輩の意地悪ぅ! かわいい後輩にひどいー!」

 かわいくねぇよ。かわいい後輩は、先輩の彼氏を寝取らないんだよ。


「すみません。以前の勤め先で指導した子なのですが、私の力が足りなくてこんなことに」

 と、私は一応、才川氏に説明をしてから姫子ちゃんに向き直る。

「姫子ちゃん。確かにこの会社に受け付けはないけれど、だからってこんなところまで入って来ちゃダメでしょう」

 この部屋、けっこう奥にあるんだぞ。


「ここまでやったらもう不法侵入だよ。ホントに警察を呼ばれても文句は言えないよ」

「えぇー。でもでもぉ、逆井さんに『営業は迷惑がられてもゴリゴリいかなくちゃダメだぞ』って言われましたぁ」


 逆井さんの言うことは聞いちゃダメって言ったじゃん。逆井さんは前の会社の営業の古参で、『生涯現場で一営業マンとして生きる男』と自称していたが、実は営業成績がそこそこなのと昭和のメソッドに固執しすぎるので管理職になれないだけのひとだった。


 姫子ちゃんのことをかわいがって甘やかすので、教育係の私はけっこう迷惑していた。ちなみに『平群もそろそろ結婚しないと、クリスマスケーキもカビがはえちゃうぞワハハ』とか言うセクハラ野郎でした。


 才川氏の連続クリ殴りだけでもメンタルを削られたのに、ここで私に対する特効を持つ姫子ちゃんの相手までし続けるのは厳しすぎるというものだ。


 とりあえず姫子ちゃんだけでも帰らせなければ。RPG でボスクラスの敵が次々に襲いかかってきたみたいな状況に内心でため息をつきながら、私は彼女に向き直った。



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