139 ついに遭遇! 例のアイツ
翌日、いつものように出勤する。
研究室には誰もいない。
考えてみると、いつでも梨佳が先に来ていてゲームが起動できる状態だったのはすごいことだったんだよな。当たり前みたいに思っていたけど、梨佳はいったい何時に出勤してきていたんだろう。
誰かがやってきてゲーム機のセットをしてくれないと私の仕事は出来ないので、とりあえず電気ポットに水をくんでお湯を沸かして、室長が来るのを待つ。室長は他の部署や社長と打ち合わせしてから来ることが多いから、こっちに来るのはけっこう遅いんだよね。
暇だな。研究室の掃除でもするか。それでもまだ室長が来なかったら、お茶を飲んでひとやすみして、あとはえーっと……再就職に向けて、資格試験の勉強でもする?
というわけで部屋の掃き掃除をしたり、机の上を拭いて回ったりしていると、
「こんにちはー」
誰か来た。見たことないひと。……っていうか、室長と梨佳以外で東丸と久志くんだけだよ、私が見たことがあるの。
「あれ? 梨佳ちゃん、いません?」
と言ってきょろきょろするのは、背が高くてスマートな女性? 男性? どっちだろ。
すらりとしたパンツ姿の下半身は男性っぽいが、トロピカルな原色のトップスは女性っぽい。でも化粧してるし、ピアスしてるし。でも手は大きくて男性っぽい……? どっちにしても美形ではあるが。
「あの。後醍醐は病欠でして……」
とりあえず対応する。
「えー、嘘! 聞いてない。約束してたんですけど」
しゃべりかたは女性っぽいな。でも声は男性っぽいな。
「あ、申し訳ありません。急だったもので連絡が行き届いていなかったのだと。ええと、那須野を呼んできたほうがよろしいでしょうか」
社内のひとだか社外のひとだかもわからなかったが、『約束があって来た』というなら社外のひとっぽい。ならば私ではなく室長に対応してもらったほうが良いのだろう。
「あ、いいですいいです。室長さんと話しても仕方ないから。梨佳ちゃんがいないんだったら話にならないから」
謎の来訪者はため息をつく。なんとなく梨佳と親しそうな口調ではあるが、梨佳は出会うすべてのひとに『名前呼び』を強制する妖怪なので、呼称から関係性を推理することは難しい。
「あ、あなたってもしかして、梨佳ちゃんのお友達のサキさん?」
急に名前を呼ばれてびっくりした。
「梨佳ちゃんから、いろいろ聞いてます。仲良しのお友達が来てくれて、毎日すっごく楽しいって言ってました。梨佳ちゃん、病気って大丈夫です? すぐ復帰できそうです?」
矢継ぎ早に聞かれて私は対応に迷う。どこまで話していいのだろうか。あと、いったいこの人物は何者なのか。
「ああ、申し訳ありませーん。ワタシ、こういうもので」
思考を読まれたように名刺が出てきた。
『グラフィックデザイナー 才川アキラ』という名前と、連絡先が書かれている。文字部分はシンプルだが、鮮やかな色と銀箔の蝶のイラストがついた華やかな名刺で、いかにもデザイナーっぽい。
「こちらのゲームのキャラクターデザインとスチル、その他グラフィックデザイン諸々をやらせていただいてまーす。よろしくお願いしまーす」
スチル……。
つまり……。
あれか! 梨佳に『BL 展開を入れたらウケる』とか変な入れ知恵をして、伊藤くんのトゥルーエンドスチルが BL 仕様になるように仕向けたグラフィック担当がこいつか。
なるほど、なんか納得したぞ!
なんとなく、すごく納得できたぞ!
「あのう、私、アルバイトなんで名刺はないんですけど……」
渡された名刺を返せるように差し出しながら、警戒しつつ言う。こういうときに露骨に態度が悪くなるひとっているからね。
「あ、いいですいいです。梨佳ちゃんのお友達なら持っててもらいたいし。個人事業主なんで、お仕事いつでも募集中です。何かあったら声かけてください。プライヴェートのお誘いでも嬉しいな」
とにこやかに言ってから、
「あ。ワタシ、男です」
と付け加えた。
男なんだ。腐男子というヤツなのか? 陽キャ系腐男子か。キャラ濃いなあ。
「平群咲です。『平』に動物の群れの『群』でヘグリと読んで、サキは花が咲くの『咲』です」
とりあえず自己紹介した。相手が名乗っているのに黙っていても感じが悪いし。
「あー、いい名前ですね。咲ちゃんって呼んでもいい?」
距離感が近い。こういうの苦手だけど、正社員の梨佳がちゃん付けなのに、バイトの私がそれを拒否るのも失礼か?
「……ダメじゃないですけど」
ちょっと嫌さがにじみでてしまったが、大人の対応をする。才川氏は満面の笑顔になった。
「イヤそー! カワイー! 梨佳ちゃんから聞いて想像してたとおりだー!」
梨佳。私のことをどんな風にこいつにしゃべったんだ?
「うふふ。ワタシ、けっこう咲ちゃんのことわかってると思うんだ」
才川氏はにやりと微笑む。その目元にはなんだか色気があって、私は南国の色鮮やかで香りの強い花に囲まれているような気持ちになった。




