137 理由・2
自慢にはならないが前の会社ではいろいろやらされていた。営業の手伝いっぽいこともしたし、課の総務みたいな役もした。
取引先にお持ちするお土産の買い出しとか、慣れたものである。なんなら梨佳の作ったゲームをやっているより仕事をしている感さえある。
ということで目当ての品を手に入れたあと、私はちょっとだけ寄り道してお茶を飲むことにした。会社に戻る前に少しだけ頭を整理したかった。
梨佳が今の会社に移ったのは二年くらい前だっただろうか。
そのときの記憶を探る。
大学を卒業して最初にあの子が入ったのは、中堅だが私でも聞いたことのあるゲーム会社だった。なのに新設の、海のものとも山のものとも知れない会社に移ると聞いて、ひとごとながら『大丈夫なのか?』と首をかしげたものだ。
『あのね、あのね! 面接で社長が、好きなものを好きなように作ってくださいって言ってくれたの!』
いぶかしむ私や翠に、梨佳は学生時代のように目をキラキラさせて言った。
『作りたいものを形に出来る会社にしたいんだって! 今の会社だと、私の作りたいものを作れるなんてずっと先になると思う。そんなときは来ないかもしれないし。だから会社を移りたいって思ったの!』
そのときの梨佳は電波パワーをマックスに発揮していたので、相手の言葉を曲解しているのじゃないかと私たちは心配したものだが。
今ならわかる。きっと久志くんはそのとおりのことを言ったのだろう。
ちなみにサクラちゃんはそのときも鷹揚に『梨佳がそう決めたならそれでいいんじゃないか。応援するよ』と言い、翠は私に金を返さなかった。くそう翠め、今度会ったら利息まで取り立ててやる。
そして私が来るまで、梨佳はコツコツと楽しくあの『マニアック』を制作していたのだろう。そしてその間、問題は起きなかった。私が来るまでは何もなかった。
運ばれてきたハーブティー(口直し)を私はぐっと飲む。美味い。室長のいれたのと比べるのも失礼だが、実に美味い。
私は、あのとき室長が私をちらりと見た意味を考えていた。梨佳の残業の理由を久志くんに言う前に、一瞬だけ私を見た意味を。
『あのね梨佳。会社っていうのは商品を売り出してはじめて利益が出るの』
『ここでアンタが自分のゲームをいじくってるだけじゃ一円の利益も出ないの』
『今、この部署は一分一秒ごとに損失を出してるの。わかる?』
それは、伊藤くんを攻略したあとに私が梨佳に言ったこと。
『もし今のままだったらどうなると思う?』
『会社がつぶれるのよ!』
……間違ったことは言っていない。というか常識すぎて、わざわざ言わないといけなかったことがそもそもおかしいのだが。そこが抜け落ちている梨佳とか久志くんのほうが問題なのだが。
だけど、あのときの梨佳のショックを受けた表情が、今になって思い出される。
思い出す。最初のころ梨佳は、私の分までお弁当を毎日作って持ってきてくれていた。
『たまには外でも食べようよ』
そう言い出して外食するようになったのは、そのころからではなかっただろうか。残業をしている様子が目立ち始めたのも。
間違ったことは言っていない。それは絶対に確かなのだけれど。
あの会社は、梨佳にとって夢をかなえられるステージなんだ。『マニアック』みたいなばかげたゲームの企画は、久志くんの下でなければ通らない。
だから会社がつぶれれば、梨佳の作品は死産して永遠になかったことになる。
私はずっと、梨佳にイライラしてきた。
前の会社を辞めたあと、私は仕事を探そうともせず、バイトすらせずに無気力に過ごしていた。
そんな私に、当座の食い扶持を与えてくれたというのに。仕事が忙しいのに私の分までお弁当を作ってくれていたのに。会社で何かあったらいつでも味方になってくれたのに。
そりゃまあ梨佳は梨佳だから、気遣いがあさっての方角だったりしたことはあったよ。あと『マニアック』の内容と難易度はどうかと思うけど、というかツッコミどころしかないのは本当にどうにかしてもらいたいけれど。
でも私があんなにイライラしていたのは、そのせいじゃないんだ。
あの子が変わりものなのは高校のときからわかっていることで、それが本気でイヤだったら卒業後も会ったり SNS で交流を続けたりしていない。
私が面白くなかったのは、梨佳がいつも楽しそうに仕事をしていたことだ。
前の会社を辞めた私は、夢も一緒に失ったのに。その私の前で、梨佳はこどもみたいにキラキラした目で、大切なものを抱きしめるみたいに『マニアック』を作ることに情熱を傾けていた。
そのことが私は本当に面白くなかった。腹を立てていさえした。どうして私だけがこんな目に、っておなかの底でいつも思ってた。私がこんな目に遭っているのに、梨佳が楽しそうにしていることを思いやりがないとさえ感じていた。
それは理不尽な怒りで…… ただの嫉妬だ。
私はずっと、梨佳に嫉妬していた。私が失ってしまったものを持っている友達が、うらやましくて仕方なかったんだ。
あの言葉は間違ってはいないけれど、あのときの梨佳のショックを受けた顔を見た私は、それを小気味いいと思ってはいなかったか。もっとそういう顔をさせたくて、必要以上に強い言葉を使いはしなかったか。
どう考えてもやっぱり間違ったことは言っていないのだけれど、仕事である以上、損益を無視して進めることはあり得ないんだけれど。だから誰かが言わなくてはいけないことではあったと思うけれど。
それでも、梨佳を不安にし、追い詰めたのはたぶん私なんだろう。




