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お姉様は、なんでもしてくださる  作者: 芦名 雅


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第8話 四人


 日が沈む頃には、街道から色が消えていた。六つの遺体は、道の端へ寄せてある。四人は馬車の横に並べて座らせていた。両手は後ろで縛った。逃げようとしても立てないよう、三人には必要なだけ傷を負わせてある。指揮役の男だけは、自分から武器を捨てたため、手以外は自由だった。


 エレノアは少し離れた石へ腰を下ろした。膝の上には小刀。四人とも、その刃から目を離せずにいる。


「改めて聞きます」


 エレノアは一番左の男を見た。


「誰が、私を殺すよう命じたのですか」


 男は答えなかった。四十に届かないくらいだろうか。短く刈った黒髪に、右の頬へ古い傷がある。先ほどまでは剣を持っていた男だ。


「聞こえませんでした?」


「聞こえている」


「では、答えてください」


「断る」


 エレノアは瞬きをした。


「そうですか」


 立ち上がる。男の目が初めて小刀からエレノアの顔へ移った。


「待――」


 言葉は最後まで続かなかった。エレノアが一歩近づいた時には、男の身体から力が抜けていた。倒れる。それだけだった。


 残る三人が息を止める。エレノアは死んだ男を見下ろした。


「私の聞きたくない回答をされたので、死んでしまいましたね」


 誰も何も言わない。


「まさか、こんなに簡単に死んでしまうとは。情けないですね」


 エレノアは小刀についた血を布で拭った。殺すつもりで刃を入れれば、人はすぐ死ぬ。当然のことだった。けれど、これでは話を聞けない。


「次からは殺さないように、もう少しゆっくりしましょう」


 右端にいた男の喉が鳴った。エレノアは三人を順に見る。


「私の質問に適切に答えていただければ、きちんとした対応をします」


「......きちんとした対応?」


 初めて声を出したのは、鍵束を持っていた男だった。


「ええ」


「それは、助けるという意味か」


 エレノアは少し考えた。


「いいえ」


 男の顔から血の気が引いた。


「でも、余計に苦しませたりはしません」


 嘘をつく必要はなかった。この人たちは、自分を殺しに来た。護送の騎士も御者も殺した。そして、リシェルが死んだと告げた。生かして帰す理由は、エレノアにはなかった。ただ、知るべきことが残っている。誰が自分を殺そうとしたのか。そして、誰がリシェルを殺したのか。二つは同じではない。まだ、同じだと決めてはいけない。


 エレノアは指揮役の男へ目を向けた。


「次は、あなたです」


◇


「名前は?」


「......ヴァイス・クローネ」


 男は答えた。先ほど最初の一撃だけを避けた男。長く、人を殺す仕事をしてきたのだろうと、その立ち方が語っていた。


「ヴァイスさん」


「さん付けは要らん」


「では、ヴァイス」


 エレノアは素直に言い直した。


「私を殺すよう命じた人を知っていますか」


「知らない」


 返事は早かった。


「本当に?」


「依頼人の名前を現場へ出す組織があると思うか」


「では、誰から命令を受けたの」


「答えない」


「それは、知らないのではなく?」


「知っていても答えない」


 エレノアはヴァイスの目を見た。嘘かどうかを見抜く力はない。人の身体なら、どこを壊せば止まるか分かる。心の中までは分からない。だから、答えは比べる。


「あなた方の組織は?」


「......《灰鴉》だ」


 その名なら、エレノアも聞いたことがあった。金さえ積まれれば貴族でも商人でも狙う、王都の裏側で名を知られた暗殺組織だ。


「リシェルが死んだという話は、どこで知ったのですか」


 ヴァイスの顔がわずかに動いた。


「依頼資料だ」


「誰が殺したと書いてありました?」


「書いていない」


「あなた方が殺したの?」


「違う」


「では、《灰鴉》はリシェルの死に関わっていない?」


 ヴァイスは初めて、少し驚いた顔をした。


「少なくとも俺は知らん」


「そう」


 それは大事な答えだった。妹の死と、自分への暗殺。一つの命令で動いている可能性はある。けれど、今の時点では証拠がない。


「では、あなた方の本拠地を教えてください」


「断る」


「連絡役は?」


「断る」


「帳簿はどこに?」


「答えない」


 ヴァイスは淡々としていた。エレノアも淡々としていた。


「分かりました」


 ヴァイスが目を細めた。


「何がだ」


「あなたから聞けることは、もうないということです」


 短剣を避けた時より、ヴァイスの反応は遅かった。今度は、後ろへ跳ぶ足がない。エレノアは一歩だけ近づいた。


「長くお仕事をされていたのですね」


「......二十年以上だ」


「そうですか」


「怖くないのか」


「何が?」


「人を殺すことがだ」


 エレノアは少し考えた。


「昔は、別のことが怖かったです」


「別のこと?」


「大切な人に、怖がられることが」


 ヴァイスは何も言わなかった。


「では」


 エレノアは小刀を持ち直した。


「さようなら、ヴァイス」


 その人は、最後まで目を逸らさなかった。


◇


 三人目の男は、ヴァイスが倒れたあとで話し始めた。


「俺は、依頼人を知らない」


「はい」


「本当だ。現場の指示しか受けていない」


「誰から?」


「ヴァイスからだ」


「その前は?」


「知らない」


 声が震えている。


「本拠地は?」


「王都だ」


「王都のどこ?」


「灰門地区。表向きは商会だ」


 エレノアは聞いた場所を頭に刻んだ。


「名前は?」


「グレイ商会」


「他には?」


「地下に倉庫がある。仕事の前はそこで武器を受け取る。帳簿は奥の部屋だ」


 エレノアは頷いた。


「連絡役は?」


「俺は知らない。ヴァイスか、オーレンが受けていた」


 右端の男が顔を上げた。鍵束を持っていた男。オーレン。エレノアはその名前を覚える。


「妹のことは?」


「資料にあっただけだ。本当にそれしか知らない」


「誰が書いた資料?」


「分からない」


「そう」


 話の内容は、ヴァイスと矛盾していない。この男から得られることも、ほとんど残っていなかった。


「ありがとうございました」


 男が息を呑んだ。


「待て。話しただろう」


「はい」


「なら――」


「きちんとした対応をします」


 エレノアは約束を破らなかった。声を上げさせることもなく終わらせた。残ったのは、一人だけだった。


◇


 オーレン・ベイルは、三十八歳だと言った。戦う人間の手ではあった。けれど、指にはインクの染みが残っている。腰にあった鍵束。小さな革袋の中には、数種類の硬貨。エレノアは彼を最後まで残した理由が間違っていなかったと確信した。


「あなたは帳簿を扱うのね」


 オーレンは答えなかった。


「グレイ商会の」


「......ああ」


「依頼人の名前を知っていますか」


「知らない」


「では、お金は?」


 オーレンの視線が少しだけ動いた。


「誰から受け取ったの」


「直接じゃない」


「どういう意味?」


「仲介がいる」


「誰?」


「名前は知らない。毎回同じ相手でもない」


「今回も?」


「そうだ」


 オーレンは一度、目を閉じた。


「王都南側の貸倉庫で、受取人の符号を照合した。前金はそこで受け取った」


「符号は?」


「白蝋、三本線、七番」


「次の連絡日は?」


「仕事が終わった翌々日。失敗した場合は、その日の夜までに別口へ報告する決まりだ」


「別口はどこ?」


「灰門地区の《欠け鐘亭》。二階の奥。窓際の卓に黒い石を置く。それだけで向こうが接触する」


「向こう、というのは?」


「知らない」


「本当に?」


「本当だ」


 オーレンの声には、先ほどまでと違う諦めがあった。


「俺たちだって、依頼人の顔を全部知って仕事をするわけじゃない」


「帳簿には何が残っていますか」


「金額。日付。符号。受け取りの経路。仕事の要約」


「私の依頼も?」


「ある」


「リシェルの名前は?」


「依頼書の添付にあった」


 エレノアの指が止まった。


「何と?」


「標的の妹。二日前に死亡報告。精神的動揺を誘う材料として利用可」


 胸の奥に、冷たいものが落ちた。


「《灰鴉》が、その死に関わった記録は?」


「俺が見た帳簿にはない」


「別の依頼で殺した可能性は?」


「ないとは言えない。全部の仕事を俺一人で見ているわけじゃない」


「そう」


 やはり、まだ分からない。自分を殺そうとした者と、妹を殺した者。同じかもしれない。別かもしれない。ただ、妹の死を知っていた人間が、自分への暗殺を依頼した側にいる。そこまでは確かだった。


「グレイ商会には、今夜戻る予定でしたか」


「明朝だ」


「他の人たちは?」


「十人全員で戻る」


「誰も戻らなければ?」


「連絡が行く」


 エレノアは空を見る。完全に夜になっていた。時間はある。けれど、多くはない。


「どのくらいで?」


「早ければ明日の昼には」


「本拠地の出入口は?」


「表の商会口。裏の荷入口。地下から隣の染物工房跡へ抜ける通路が一つ」


「人数は?」


「今夜なら、二十人はいない。十五前後だと思う」


「帳簿の場所は?」


「地下二階。鉄扉の奥」


「鍵は?」


 オーレンが自分の腰を見る。そこに鍵束はもうない。エレノアの手元にある。


「細長い黒鉄の鍵だ」


「分かりました」


 エレノアは立ち上がった。


「ありがとう、オーレン」


 オーレンは笑わなかった。


「俺も殺すのか」


「はい」


「全部話した」


「ええ」


「それでも?」


 エレノアは少しだけ首を傾げた。


「最初にそう説明しました」


 オーレンはしばらく黙っていた。やがて、小さく息を吐く。


「......そうだったな」


 エレノアは小刀を抜いた。


「苦しまないようにします」


「それが、きちんとした対応か」


「はい」


 オーレンは目を閉じた。


「なら、早くしろ」


 エレノアはその願いだけは聞いた。


◇


 四人から話を聞き終えた時、街道にはエレノア一人だけが立っていた。馬車は残っている。馬も二頭、生きていた。御者はいない。王都へ戻るなら、自分で御者台に座ればいい。だが、そのまま戻ればすぐ見つかる。追放された令嬢が、夕方には王都へ引き返してきた。しかも街道には、大勢の死体が残る。誰が見ても騒ぎになる。


 エレノアはオーレンから取り上げた鍵束と、灰門地区までの道順を書かせた紙を見た。《灰鴉》の本拠地を消す。帳簿を手に入れる。失敗の報告が依頼人へ届く前に。それには、自分以外の名前が必要だった。王都へ戻っても不自然ではない人間。《灰鴉》の本拠地を壊しても、周囲が多少は納得するような人間。


 エレノアは、街道脇の小さな宿場で聞いた噂を思い出した。昔、《鉄狼》と呼ばれた冒険者がいる。今は酒に沈み、金が尽きれば安い護衛仕事を受けているらしい。強い。名もある。そして、金に困っている。


「ちょうどいいですね」


 エレノアは鍵束を握った。次に会う相手は、決まった。


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