第14話 第二陣
次に来た者たちは、最初から剣を持っていた。王都へ続く街道を、五騎が並んで走ってくる。先頭の男だけは灰色の外套。その後ろに、王国騎士の紋章を付けた四人が続いていた。
エレノアは丘の上から、その列を見下ろした。最初の調査官は一人だった。今度は五人。
「増えたのね」
風に髪が揺れる。驚きはなかった。むしろ、そうなるだろうと思っていた。最初の男は帰らなかった。王都へ持ち帰るはずだった報告書も消えた。ならば次は、人を増やす。それだけのことだ。
エレノアは腰の小刀へ触れた。まだ抜かない。相手が何をしに来たのか。誰から命じられたのか。それを聞いてからでいい。
◇
五人は、最初の調査官が泊まっていた宿場で足を止めた。エレノアは外套の襟を上げ、人混みに紛れて離れた卓へ座る。宿の一階は食堂になっている。客の話し声と皿の音が重なり、少し離れれば誰が何を聞いているか分からない。
灰色の外套の男が、宿の主人へ王室監察院の徽章を見せた。
「先日、監察院の者が一人こちらへ来たはずです」
「ええ。ヘクターって冒険者を調べてた人でしょう?」
「その後の足取りを確認したい」
「東門から出たのは見たよ。王都へ戻ったんじゃないのかい?」
「戻っていません」
短い言葉だった。男の後ろにいる騎士の一人が、周囲へ視線を走らせる。
「同行者は?」
「一人だったと思うがね」
「後をつけた者は」
「さあ」
「女性を見ませんでしたか。若い。旅装。小型の刃物を持っている可能性があります」
エレノアは茶を飲んだ。自分だ。もうそこまで絞られている。最初の調査官は王都へ報告を届けられなかった。それでも、宿で聞き取った内容や《灰鴉》本拠地の現場記録は残っていたのだろう。あるいは、最初から王都側が知っていたのか。まだ分からない。
「危険なのか?」
宿の主人が声を落とした。灰色の外套の男は、少し考えてから答えた。
「分かりません」
「分からない?」
「だから調べています」
その返事に、エレノアは視線を上げた。分からない。王宮の人間がその言葉を使うのは、少し珍しく感じた。だが、次に続いた言葉で印象は消えた。
「前任者が消息を絶っています。第三者を発見した場合は、身柄を確保して事情を聞きます」
「確保って、捕まえるのか?」
「必要なら」
エレノアは茶の器を置いた。やはり。探しているだけではない。見つけたら捕らえる。最初は一人。今度は騎士を四人。とても分かりやすかった。
◇
五人は宿場を出ると、東へ向かった。最初の調査官が最後に目撃された道を、逆に辿っている。エレノアは一定の距離を空けて後ろから追った。
夕方になる前に、彼らは街道脇の古い料金所跡で止まった。使われなくなって久しい小屋。屋根は一部崩れ、周囲に背の高い草が生えている。最初の調査官を止めた場所から、そう遠くない。灰色の外套の男が馬を降りた。
「この辺りだ」
騎士たちも降りる。一人が地面を調べ始めた。
「古い血痕があります」
「量は?」
「雨で流れていますが......少なくはないかと」
「遺体はない」
「はい」
エレノアは木立の陰から見ていた。遺体は街道から外した。荷物も回収した。見つけられないと思ったわけではない。少し時間が欲しかっただけだ。
「誰かが動かした?」
「可能性はあります」
「前任官が自分で歩いた可能性は」
騎士が地面を見て首を振る。
「この量なら、難しいでしょう」
灰色の外套の男が黙った。それから、三度だけ指先で壊れた柵を叩いた。
「周囲を調べる。二人一組。遠くへ行くな」
命令が飛ぶ。エレノアは少し考えた。五人が分かれる前に話した方がいい。木立から出た。
「探しているのは、私でしょうか」
全員が振り向いた。剣が抜かれるまで、一息もかからなかった。エレノアは両手を見える位置に置いた。
「まだ何もしていません」
「動くな」
騎士の一人が言う。灰色の外套の男が、エレノアの顔を見た。目がわずかに見開かれる。
「......エレノア・ヴァルモント?」
「はい」
四人の騎士に緊張が走った。
「あなたは国外追放されたはずだ」
「そうですね」
「なぜ王国内にいる」
「聞きたいことがあるからです」
「まず武器を地面へ置いてください」
「その前に、私から質問しても?」
「武器を」
「私を殺すよう命じられていますか」
男が眉を寄せた。
「何?」
「私を殺す命令です」
「受けていない」
返事は早かった。
「では、リシェルを殺したのは誰ですか」
「リシェル・ヴァルモント?」
「妹です」
「......火災で死亡したと記録されている令嬢か」
「誰が殺したのです」
「殺害事件だという記録は見ていない」
男は本当に分からない顔をしていた。
「我々の任務は《灰鴉》壊滅と、行方不明になった監察官の調査だ。あなたの妹の件ではない」
「では、最初の方も同じだったのですね」
「前任官を知っているのか」
「ええ」
男の目が鋭くなる。
「どこにいる」
エレノアは少しだけ黙った。
「死にました」
空気が変わった。四本の剣先が、ほぼ同時に上がる。
「あなたが?」
「はい」
「なぜ」
「私を探していたからです」
「......それだけで殺したのか」
「それだけではありません」
「では武器を捨てて話せ」
灰色の外套の男が一歩前へ出た。
「あなたには、監察官殺害の嫌疑がある。国外追放命令への違反も確認できた。抵抗しなければ、ここで傷つける必要はない」
「王都へ連れていくの?」
「事情を聞く必要がある」
「誰が聞くのですか」
「王室監察院だ」
王室監察院。その名を、エレノアは頭に置いた。
「その上にいる人は?」
「何の話だ」
「あなたに命令した方です」
男は一瞬だけ黙った。
「監察院長、マリウス・ヴェルン閣下だ」
初めて聞く名前だった。エレノアは覚えた。
「その方は、私の暗殺について知っていますか」
「知らない。さっきから何の話をしているのだ」
「リシェルについては?」
「だから、その件は我々の任務ではない」
男の声に、初めて苛立ちが混じった。
「今はあなたの話をしている。武器を置け」
エレノアは男の後ろを見る。騎士が四人。一人は右から回り込もうとしている。一人は馬を盾にできる位置へ。二人は正面。逃げ道を塞ぐ配置だった。
「最初の方も、私を王都へ連れていくつもりだったのでしょうか」
「第三者を発見したなら事情を聞く。それが調査だ」
「そうですか」
エレノアは静かに息を吐いた。やはり、同じだった。探す。捕らえる。王都へ連れていく。一人で足りなければ、騎士を増やす。王宮が自分を殺すために《灰鴉》を送ったことを、エレノアはもう疑っていた。その直後に同じ王都から来る者を、無関係だと信じる理由はなかった。
「武器を置け」
男がもう一度言った。エレノアは腰へ手を伸ばした。騎士たちが身構える。
「殺すな!」
灰色の外套の男が叫んだ。
「身柄を確保する!」
その言葉を最後まで聞いてから、エレノアは小刀を抜いた。
◇
戦いは短かった。最初に右へ回った騎士。次に正面。剣が振り下ろされる前に、刃が通る。三人目は盾を構えた。盾の縁を押し、重心を崩し、開いた場所へ一度。四人目は逃げなかった。
「止まれ!」
声を上げながら斬り込んでくる。正しい剣だった。だからこそ、次にどこへ来るかが分かった。エレノアは半歩だけ入り、小刀を通した。四人目が倒れる。
残ったのは、灰色の外套の男だけだった。男は剣を持っていない。代わりに腰の警笛へ手を伸ばした。
「やめてください」
エレノアは言った。
「もう聞きたいことは聞きました」
「お前は......」
男の顔には恐怖より、理解できないものを見る色があった。
「我々は、お前を殺しに来たんじゃない」
「そうなのかもしれません」
その言葉に、男が固まる。
「なら――」
「でも、王都へ連れていくのでしょう?」
「当たり前だ。お前は監察官を殺した!」
「はい」
「そこから逃げ続ければ、もっと人が来るぞ!」
「そうでしょうね」
「分かっていて――」
エレノアは近づいた。男が警笛を鳴らすより早く、小刀が届く。身体が崩れる。エレノアは受け止めなかった。地面へ倒れる音だけがした。
五人。誰も動かない。エレノアはしばらく、その場に立っていた。先ほどの言葉が耳に残っている。
『我々は、お前を殺しに来たんじゃない』
「そうなのかもしれない」
自分でも、そう答えた。完全には否定できなかったからだ。それでも――王都へ戻れば、何が待っている。もう一度裁かれるのか。今度こそ暗殺されるのか。父はどこにいる。リシェルに何が起きた。何一つ答えを持たないまま、捕まるわけにはいかなかった。
「ごめんなさい」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
◇
灰色の外套の男の書類鞄には、正式な命令書が入っていた。エレノアは料金所跡の中で、それを開く。
『先任監察官、帰還せず。最終確認地点より足取りを追うこと』
次の項目。
『《灰鴉》本拠地壊滅に関与した第三者の特定』
さらに。
『可能であれば身柄を確保し、事情聴取を行う。抵抗があった場合は、同行騎士の判断により必要な武力を用いること』
殺害命令ではない。エレノアはその一文を何度も読んだ。
「必要な武力」
どこまでを意味するのか。自分を生かして連れ戻すつもりだったのか。王都へ着いてから消すつもりだったのか。紙だけでは分からない。
最初の調査官の命令書にも、自分の名前はなかった。今回も同じだ。けれど、前回と違うものが一つあった。命令書の末尾。
『報告先 王室監察院長 マリウス・ヴェルン』
エレノアはその名前へ指を置いた。監察官が一人消えた。それで騎士を付けた第二陣を送った。次は、もっと多く来るだろう。待っていても終わらない。
「なら、こちらから行きましょう」
王室監察院長。自分を探す者たちの、一つ上にいる人間。何を知っているのか。何を知らないのか。エレノアは命令書を畳み、外套の内側へしまった。次は、紙ではなく本人の口から確かめる。




