【09】 溢れ出た涙
丹沢「実は速水様の健康保険証を、
郵便で送ったのですが戻ってしまったのです。
それで速水様が実際に、この住所に住んでいるかどうかの
確認にお伺いしたのです」
爽香「そうでしたか、わざわざすみませんでした」
丹沢がドアの表面を見ながら
丹沢「表札がついてないから
きっと戻ってしまったのですね」
爽香「まだ表札をつけてないのです」
爽香が元気なく言った。
丹沢「郵便物の戻るといけないので、
近いうちにドアのところに表札と、
一階の郵便受けに名前を書いておいてください」
爽香「そうですね」
爽香が小さい声で返事した。
爽香はそう言うと、2歩ほど後ずさりした。
丹沢もそれに合わせて2歩ほど中へ入った。
ドアは開けられたままである。
丹沢「ところで、顔色が悪いようですが、
どこか具合が悪いとか?」
爽香「……」
爽香は、しばらく黙っていた。
丹沢「そんなに、しゃべれないほどつらいんですね?」
丹沢が爽香の顔を覗き込んだ。
爽香は、その丹沢の顔を見て、ふと思い出した!
ボートレース場の待機水面(スタート準備)で、
自分に唯一声援を送ってくれた観客だと気が付いた。
爽香(この顔! スタンドであたしに叫んでいたわ!
そうよ、この人よ!!!)
丹沢「お体、大丈夫ですか? ご病気ですか?」
爽香「……」
爽香の耳に『速水頑張れ!!!』の声が蘇り、
聞こえて来た。
何度も何度も『速水頑張れ!!!』
『速水頑張れ!!!』の声が
爽香の耳に響き渡った。
丹沢の気遣いと、丹沢の声援が重なり、
爽香の目にどんどん涙が溜まってきた。
丹沢「顔が真っ青ですよ。
何も食べてないんですか?」
爽香「……」
自分が落ち込んでいる時の人のやさしさが、
爽香の心に沁みた。
爽香は涙が落ちるのをこらえていた。
丹沢「そこのコンビニで
なにか温かい物でも買ってきましょうか?」
爽香「……」
爽香(もうダメ。それ以上やさしくしないで……)
丹沢「……」
爽香「泣いてもいい?」
爽香が声を絞り出して言った。
突然の申し出に驚きながらも丹沢は黙って頷いた。
黙って頷くしかなかった。
丹沢(すべては流れるままに。
すべては自然体で)
それが丹沢の生き方だった。




