【05】 10センチの隙間から
3人が車に乗ろうとしたときだった。
「ガチャ!」
音がした。2階でドアの開く音だった。
その瞬間3人が一斉に2階を見上げた。
課長「うん?」
丹沢(ひょっとして?)
丹沢も敏感にその音に反応した。
見上げると203号室のドアが
10cmほど開いていた。
すぐさま丹沢が物凄いスピードで駆け出し、
2階へと上がっていった。
課長と戸部は公用車のドアの前で立ち止まったまま
2階の様子を眺めていた。
ドアの隙間から
丹沢「美浦市役所住民課の丹沢と申します」
声を掛けた。
ドアがゆっくりと開き、
中から化粧もせず泣きはらした顔の
速水爽香が顔を覗かせた。
階下で
戸部「居た!!!」
感動の声を上げた。
課長「そんなバカな!!!」
課長は動揺の色を隠せなかった。
丹沢「速水爽香さんですよね!」
爽香「はい」
丹沢「ご本人さんで、間違いないですよね」
爽香は、丹沢の胸についている名札を見ながら
爽香「はい。あ、あのときの住民課の職員さんですね」
そのやりとりが階下の二人の耳に聞こえた。
課長「なんで居るんだ?
まだボートレース開催中だぞ」
戸部「『即日帰郷』ですよ」
課長「『即日帰郷』? なんだ、それ?」
ボートレースファンでも『即日帰郷』など、
細かいルールを知る者は少なかった。
戸部「昨日の日曜日に、速水選手は
落水したボートの外側を走行しなければいけないところを、
内側を走行するという『走行違反』を犯したのです。
だからその日のうちにボートレース場の宿舎を出されたのです」
課長「そんな馬鹿な!」
戸部「ボートレースのルールですから」
課長「帰るぞ!!」
課長が不機嫌に言った。
戸部「丹沢さんは?」
課長「置いていけ!」
戸部「えっ!」
課長「もうわかったから、車を出せ!」
戸部「じゃぁ退職届は破り捨ててくれるんですね」
課長「『わかった』と言っているだろ! しつこいな!」
戸部「すみません」
戸部は、そう言いながら微笑んだ。




