【16】 丹沢の申し出
丹沢「な、なんだ! じゃぁただ働きってこと?」
爽香「まぁ、そう言うことね」
丹沢「そんなぁ……」
実際には、多少の手当が出る。
爽香「4着5着でも賞金が出たら
選手のやる気が出ないでしょ。
なかには『なぁーんだ、5着でも賞金がもらえるのなら5着でいいや』とか
『ただ走ればいいや』という考えの人も出てくるかも知れないもの」
丹沢「なるほど」
爽香「だから選手は必死なの、
特に3着と4着では大違い」
丹沢「そうだよな、そこは、
お金がもらえるかもらえないかの大きな差だよね」
爽香「でも、年功序列の会社と違って、
本当に実力の世界だから
若い人でも大金が手に入るという夢はあるわ。
だけど、逆に全然勝てなかったら、
辞めるしかない世界でもあるわ」
丹沢「厳しい世界なんだな」
爽香「そう、だから何が何でもあたし勝ちたいの!
勝てなかったら引退勧告されて辞めるしかないの」
丹沢「わかった。私にできることならなんでも手伝うから、
なんでも言って」
爽香「ありがとう」
丹沢「ほんとだよ。
速水さんが1着を取るためなら、なんでもするから」
爽香「うん」
丹沢はポケットから封筒を取り出し、
爽香の前に差し出した。
丹沢「とりあえず10万円貸しますから
賞金がもらえるようになったら少しずつ返してください」
丹沢はこんなこともあろうかと、昼間、
市役所のATMから10万円をおろし、
ポケットに入れておいたのだった。
爽香は一瞬動揺した。
爽香(借りていいものか、押し返した方がいいのか。
見ず知らずの土地で、
まだ二、三度しか会ってない人から
お金を借りていいのだろうか?
こんな事を知ったら母親はどう思うだろうか?)
爽香「あなたにそこまでしてもらう理由も無いし、」
爽香はそう言いながら、
喉から手が出るほどそのお金が欲しかった。
丹沢「貯金はあるの?」
爽香「まったくないわ」
丹沢「ご両親から仕送りしてもらえるとか?」
爽香「それも無理ね。あたし片親だし、
母はこの仕事に反対していたの。
あたしは母親に『ひとりでやって行けるから』と言ってしまったし、
母も自分の生活だけでギリギリなはずよ」
丹沢「それなら、なおさらこのお金を受け取って欲しいな」




