一之二十
凄まじい轟音と振動に、天守閣の屋根にたたずむ花神恭之介は、ふと地上に目をはしらせたが、そこからは、屋根瓦とそれにまとわりつく炎にさえぎられて何も見えぬ。
ただ、
――エミリオ、逝ったか。
そう感じとっただけであった。
仲間が死んだとて、花神は動揺も悲嘆もしない。
今彼は、人の生死すらも超越する力を手に入れようとしている。それさえ手に入れば、みずからが永遠の存在になることはもちろん、人の命を掌中で操ることすら可能なのだ。
花神の立つ天守の甍は、黄泉のような闇夜に溶け込んだように黒く、しかし、そこかしこから湧きあがるように燃える炎が、冥界と現世をへだてる欄干のようであった。
天守屋根の大棟の上を静かに歩いて、花神は金色の鱗に炎の輝きを照り返す鯱の前に立ち、その額につけられた紫色の宝石を、心の揺らぎをまるでにじませぬ瞳でじっと見つめた。
魂魄結晶――、
であった。
頭を屋根に、尾を天にさしのばしたその金の像は、花神が手を伸ばしあげるよりもずっと高い。
その大きな頭の真ん中に、親指ほどの大きさの紫色の魂魄結晶が埋まっている。もう片方の鯱にとりつけられているのは、ただの金剛石であった。親指大のダイヤモンドとなると、当然相当な値打ちはあるのだが、今の花神には河原の石ころ程度の価値しかない。
かがんで手を伸ばし、花神は鯱から魂魄結晶を取りはずした。
たちまち、手の中で霊気の光が発せられた。
花神の懐にあるみっつの魂魄結晶――赤、黄、緑の魂魄結晶に反応しているのだろう。
花神はそれを握りしめた。
「残りはあとひとつ。碧よ、はやく来い」
そうして結晶をふところにしまい、彼は屋根を伝って悠然と歩き、最上階の縁へと降り立った。
広い板敷きの中ほどに寝かせてある少女に、覆いかぶさる男の姿があった。
花神は静かになかに入って、
「姫にはまだ帰ってもらっては困るのだがな」
真田幸村の姫あぐりを抱きかかえようとしていた猿飛佐助は、ぎょっとしてふりかえった。
「お前さんが悔しがろうが困ろうが、こっちは知ったこっちゃないんでね」
佐助はゆっくりと身体を起こしながら、腰の刀の柄へと手を伸ばしながら、つとめて平静を保つようにして云った。
「真田の殿様から、この姫を頼むとのご遺命。是が非でも果たさせてもらうぜ」
「べつに姫を返さぬとは云っておらん。ただ、こちらの用が済むまでは、もう少しあずからせてもらう、と云っている」
「その用がすんで、姫の身体が無事だという保証はあるのか?」
「ないな」
「じゃあ、貸せんな」
云って佐助は花神に向かって走り、腰の刀を鞘ばしらせた。
鞘に仕込んだ仕掛けによって、炎をまとわせた刀が花神を斬った。
が、手ごたえなどは、ない。
花神はふわりと後ろに跳んで避けている。
「こんな火事場で炎の剣というのも効果があるのかわからん話だが……」と佐助は苦笑しつつ、いったん刀をしまった。「そのご大層な腰の物を抜く気はないのか?」
花神の差した直刀の鍔のない刀を睨んで云った。
「必要かな」
「俺程度の人間には、刃こぼれさせるのも惜しいってか」
「そうだな」
「ほざけ」
ふたたび抜き放たれた刀からは、刃の残像のように炎が走り、その三日月状の炎が花神に向かって飛んだ。
花神は勢いもつけずに、その場でひょいと跳んで躱す。
躱したところにさらに炎が飛んでくる。さらに避ける。避けてもなお炎が追う。
くすりと花神は笑った。
――私は、つくづく火遁使いと縁があるらしいな。
焼けるような地面に転がり、痛みに震えながら、碧が問うた。
「ふたりとも、大丈夫?」
「ええ、なんとかね」
「それより、折れた腕のほうがいてえ」
彼女たちは真っ黒に焼け焦げた地面の上に伏したり、呼吸も荒く蹲ったり、芋虫のように丸まったりしていた。
周囲は直径二十間ほどにわたって、なにもない。
炎に焼ける建物も、草木も、そこだけすっぽりと消滅してしまっていた。
爆心の間近にいて、三人のくノ一は、とっさに旋律の律動を使って形づくった霊気のバリアによって身を守り、からくも消滅をまぬがれていたのである。不思議なことに、身体はほとんど汚れていなかった。神父の放った爆発は、砂塵さえも消滅させてしまったらしい。
「ともかく、重症そうな嵐の手当てをしましょう」
「いえ、碧、あなたは花神のところに急いで」
「けど鶫」
「ああ、そうしてくれ、とりあえずこの腕に添え木でもしたら、すぐに追うからさ」
嵐も動く左腕を振り振り云う。
そこへ、遠くなった炎の明かりをさえぎって、黒い巨体が空から落ちてきた。
「くノ一たち、無事であったか」
黒い影の地響きのような声である。
「雷音!?」
思わず碧が叫んだ。




