十之十九
エミリオは、両腕を広げたまま、独楽のように回転した。
彼を中心にして、炎のリングが形成され、それが放射状に広がっていく。
炎は、蹴りとばされて倒れていた嵐を包み、尻もちをついていた碧を襲い、体勢を崩していた鶫をも飲み込んだ。
蒼紫の炎に全身を包まれながらも、三人のくノ一は間合いをとりつつ体勢を立て直し、気合いを放って、炎を吹き飛ばした。
三人に囲まれた中央で、炎をまとったままのエミリオは、両腕を軽く広げて立ち、静黙のうちにたたずんでいる。
身にまとうキャソックが炎で焼かれないのは不思議だが、碧はふと、彼の手や首がただれ始めているのに気がついた。
――焼かれているの?
碧はいいしれない不気味さをエミリオの立ち姿から感じた。
己の発する霊気の炎で、己の身体を焼き焦がしながら、碧たちを葬ろうと奮闘する。
真実、彼が云うように、花神の目指す未来のためにそこまで躍起になれるものだろうか。碧の理解はまったくエミリオの心の深淵に到達しない。
「気がついたか?」
碧のさざめくような心の動きを察したように、エミリオが碧を横目でみて云った。
「花神と最初に出会ったときも、霊力の副作用でわが身は枯燥の極みであったが、今度もいささか張り切りすぎたようだ」
エミリオは自嘲するように笑みを浮かべた。
「この身が燃え尽きるのが先か、お前たちが倒れるのが先か、極上の刻の始まりだ」
神父の燃える身体が動いた。
と見えた刹那、鶫の身体が宙に浮いた。その腹にエミリオの拳が喰い込み、天に向けて殴りあげられていた。くの字に曲がった小さな身体を、躊躇なくエミリオは地面に叩きつける。地面が砕け、砂礫のなかに鶫が沈む。
身体の芯から発せられるような黒い光を放ちながら、エミリオが砂塵のなかから飛び出し、炎の砲弾のように嵐に向かって来る。嵐はすくみあがることなく、一歩踏み出しつつ正拳突きを繰り出した。
拳と拳が重なり合った。
うめいたのは嵐であった。
拳を覆う鉄の籠手が瞬時に溶解し、腕が燃え、上空へと弾かれた。嫌な音がしたのは、上腕の骨が折れた音であろう。
そのまま嵐のふところに飛び込んだエミリオが、嵐のみぞおちに手を添え、その手のひらから炎を噴出させる。嵐は十間ほども吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。
エミリオは、再び悠然と立つ。
その身体にまとった蒼紫の炎とは別の異様な光が、先ほどから発せられている。その黒い光は、ドクンドクン、鼓動するたびに震えるように大きく小さく伸縮を繰り返している。
その光は、碧たちの胸になにか異様な気味の悪さと不安感を引き起こすのだ。
――爆発するのではないか?
碧の心にふと危懼がよぎるのだった。
エミリオの持つ霊力は膨大だ。あの黒い炎も彼の持つ凄まじい霊力から発せられる技だ。そんな壮絶極まりない霊力が爆発でもしたら――。
ドクン、ドクン。
神父の身体から発せられるどす黒い霊気の光が脈動をはやめているようだ。
見つめる碧の視界に立つ神父の向こうで、砂塵のなかから鶫が立ちあがり、負傷した右腕をだらりとさげたまま嵐が構えをとった。
「爆発する前に倒す、いくよ!」
碧の号令に、エミリオを囲む三人が同時に走り出した。
最初に標的に到達した嵐が、左腕一本で乱撃を繰り出す。
エミリオが、全身の炎を揺らめかせながら、両腕で嵐の拳をはじく。
その死角から、鶫が鎖を回転させ短刀を振り下ろす。
エミリオは片手で嵐の攻撃をさばきつつ、左手で短刀を受けとめ、引っ張る。引っ張られた鶫は、エミリオの至近までよろけて近づいた。
そして、走り込んだ碧が独楽のように回転しながら、両腕に持つ刀を振るう。
その瞬間。
黒い光が、鉄の殻のように固まった。
碧の二刀が光に喰い込んで押せども引けどもびくともせぬ。
――しまったっ!
碧が歯噛みした。
エミリオが哄笑した。
黒い光が膨らんで、碧たちを飲み込んでいく。
「さらばだ、くノ一たち!」
無音の閃光が破裂する。
遅れて、耳をつんざく爆発音が轟く。
強大な爆発が大地を揺らし、燃える天守閣を震撼させる。




