十之十八
「なぜあなたは」
ぼつりと碧が口を開いた。
「あなたたちは、花神のような卑劣な男のために命をかけるの?」
話を聞き流すこともできたが、なぜか、エミリオは彼女の問いに答えようという気が不意に湧き起こった。自分の心の奥底にしまい込んでいる理念を吐露したいような、衝動に流されるような気分であった。
「別段、花神に命をかけているわけではないさ。ただ……」
そう云って、エミリオは少し遠くを見つめるような眼をした。
「あの男の語る、人間の革新というものが本当にあるのなら、人間という生き物にそれほどの可能性があるのなら、それをこの目で見てみたい。そう思うだけだ」
「人の命を奪って、血も涙も捨ててまで、見なければならないもののようには思えないわ」
「お前たちにはわからんだろうな。人の世から疎外されて、苦しみもがいてきた人間の気持ちなどは、けっしてわかるまい」
「他にも方法はあったはずよ。人に変革をもたらすならば、書物でも宗教でも」
「人間の可能性を信じているのは、花神さ。あれは理想家だからな。私自身は、それほど人間の可能性を信じているわけではない。花神ならそれをやってのけそうだ。ほんのちょっとだけ、そう信じているだけさ」
「花神は無慈悲で残忍だ。口先で人を操るいかさま師だ。あなたはあの男に弄ばれているだけよ」
「まあ、いいじゃないか、私がそれを楽しいと感じているのだから」
そうして、苦く笑って神父は続けた。
「いいのかな。他のふたりはもう焦れているようだぞ。もう私の駄弁など聞きたくはないだろう」
エミリオが両腕を広げると、手のひらに蒼紫の炎がともった。
その禍々しくも魅惑的な色彩に、心が吸い寄せられるような気がし、碧はそっと眼をそらした。
「ではいくぞ」
静かに云って、エミリオが碧との間合いをひと息に詰めてきた。
碧は、一瞬たじろいだ。そのたじろぎが、闘いを受け身に回らせた。
エミリオは炎をまとわせた両腕で、打撃の連打を放ってくる。
凄まじい速度で迫る拳を、碧は両手の刀を交互に閃かせて防御する。刃を拳に当てているはずなのに、その手はいっこうに傷つく気配がない。どころか、旋律の律動を持って振るう刀であるはずなのに、蒼紫の炎が刀身に絡みつく。気を抜いて霊気を弱めれば、腕を伝って身体を焼きそうなほどの凄まじい霊気の炎であった。
防御に集中する碧の足もとに、エミリオが足払いをかけた。
碧はぶざまに尻もちをついて転がった。
その隙に走り寄ってきた嵐に、エミリオが振り向いて指をぱちんと鳴らす。嵐の足もとに蒼紫の炎が灯る。
「あちいっ!」
嵐はその場で足踏みしつつ、霊気をあやつって炎の鎮火に追われるはめに陥った。
それを見つめるエミリオの後方から、鶫の短刀が宙を駆けて矢のように襲う。
エミリオは身体をほんのわずかずらして避けると、振り返りもせず、今度は鶫に向けて指を鳴らす。
あっと叫んで鶫が両手につかんだ鎖を放り投げた。鎖が蒼紫の炎で燃えている。
立ちあがった碧が、神父の脇から斬りかかった。
脚を軸に身体を回転させて、エミリオは蹴りをはなった。
だが、その脚は、碧の身体をすり抜けた。
「!?」
直後に、エミリオは背後から刃風を感じて、振り向きつつ炎のバリアで防御する。防御しつつ、体がひらいた碧に、炎の拳を叩きつける。
だが、またしても攻撃が彼女の身体をすりぬける。
――分身か!?
理解したときには、複数の碧の残像に取り囲まれ、囲んだ碧が同時に斬撃を繰り出した。
エミリオはぬうと叫び、全身から炎を噴出させた。
いっせいに斬りかかる霊気の残像が、その炎にふれた瞬間、霧散して消えていく。
炎をまとったままエミリオが、実体を現した碧につかみかかる。
そこへ、右手から鶫の放った霊気をまとった十字手裏剣が数個飛んでくる。それを、エミリオは腕を振って弾き返した。弾かれた手裏剣は回転しながら、鶫に向かう。鶫はそれを身をよじって躱した。
直後、横合いから飛び蹴りで襲来する嵐を、エミリオは蹴り飛ばした。
さらに斬り込んできた碧の頬を裏拳で殴り、殴られた碧は地面を数間転がった。
そしてエミリオは両腕をひらき、腰を落として構える。




