十之十七
だが鶫は冷静に炎の霊気を読み取り、性質の反発する霊気を鎖に流した。炎が鶫に達する直前に、ぱっとはじけて消滅した。
どんなものよ、と鶫が得意げに言い放とうとした瞬間であった。
強烈な力で鎖が引っ張られた。
あっと叫んだ時には、鶫はエミリオ神父を中心に弧を描いて、空中に舞いあがっている。
直後、ふたりの女の悲鳴が重なりあい、身体がもつれあい、地面に転がっていた。
「なにやってんだよ、乳でか女!」
「油断してないでよけなさいよ、大女!」
罵り合いつつ、ふたりは同時に飛びのいた。
ところへ、エミリオが飛び込んで来、炎をまとわせた拳が大地を穿った。ふたりが避けた後の大地が地響きを立てて砕ける。
瞬く間もあたえず、嵐がエミリオに飛び込んだ。
そうして拳で殴打し、脚で蹴りあげ、休む間もあたえず攻撃を連続させる。
だが、エミリオはそれらの攻撃を、いともたやすくいなし、避けてしまう。
――この神父は……。
と鶫は思う。
最初闘った時、この男にまったく翻弄されたのは、私たちが未熟だったからだ。しかし、あれから数カ月、旋律の律動も身に付け、体技も鍛え直したのに、それでもまるで技量が追いついていない。この男は、ただの魔道に堕ちた神父などではない――。
攻防を続けていたふたりの拳がぶつかり合い、直後にぱっと間合いをとって離れた。
鶫が短刀を投げた。
エミリオがさっと身を沈めて躱す。
短刀は柄から伸びた鎖によって操られ、かわしたエミリオをさらに追った。
が、エミリオは、その高速で迫る短刀の柄をたやすくつかんだ。
あっと思った鶫の身体に電流のような衝撃が走った。鶫は周囲の炎すらもゆるがすような悲鳴とともに、のたうちまわり、やがて気を失って動かなくなった。
エミリオは、にっと口の端をゆがめた。
それを油断とみて、嵐が突撃する。
嵐の渾身の拳の一撃を、エミリオはするりと躱し、躱しつつ身体を回転させて嵐の腹に膝蹴りをいれた。
カウンターの一撃を喰らった嵐は、数間も吹っ飛ばされ、地表を転がった。
背を伸ばしたエミリオが、静かにつぶやく。
「さて、どちらを先に始末してくれようかな」
うめきながら転がる嵐を見、気絶している鶫を見、そうして、両腕に炎を灯らせた。
「同時だッ!」
両腕から蒼紫の火球がふたつ、一直線に目標に向かって飛んだ。
刹那、鶫の身体が上空へ飛んで火球を避け、嵐が腕に旋律の律動を流して炎を砕いた。
着地した鶫に、エミリオが侮蔑の笑みを贈った。
鶫が気絶したふりをして、好機をうかがっていたのはお見通しだったようだ。
嵐が両腕を構え、鶫が鎖のついた短刀を構え、ふたりは、じりじりと、エミリオとの距離を縮めていく。
――どちらが先に攻撃してくるか。それとも同時か。
エミリオは、左右から迫るふたりへと、間断なく視線を走らせた。
どんどんと間合いが狭まってくる。
五間、三間……。
――はて……。
ふとエミリオは不審を感じた。
すでに、鶫は鎖の間合いに入っているのに、なぜ攻撃に打って出ないのか――。
エミリオははっと何かに気づいた。くるりと身体を翻し、上空に向かって腕を振り上げた。
そこに、燃える御殿の屋根から飛び込んで来つつ、刀を振りおろす碧がいた。
霊気の炎をまとった拳と、旋律の律動を流した宝刀暁星丸が空中でぶつかり合い、互いの霊気が反発して弾け、ふたりは飛びのいた。
ところへ、嵐の飛び蹴りが襲った。
エミリオは間一髪で回避して、かかと落としで、嵐を叩き落とす。
息つく暇もなく、鎖分銅が飛んで来るのを、腕を回して弾き飛ばす。
その間に、嵐が後ろに跳んで間合いをとった。
エミリオは、三方から囲む三人の女に意識を集中させた。
――さてどうしたものか。
さすがのエミリオも背筋に汗が流れるような思いだった。動いた瞬間に、自分の命脈が尽きかねないような恐怖が全身を支配していた。
――ここで命が尽きても、別段おしくもない人生だったが……、だからといって、このままこの小娘たちに命をくれてやるのも、癪にさわるな。




