十之十三
しまった、と藤林碧が思った時には、御殿の庭に落ちていた。
善珠の撃った弾丸は命中しなかったが、驚いた拍子に脚をすべらせてしまったのだった。
油断であった。
おそらく花神一味の幸徳井という陰陽師の仕掛けた結界であろう、迷路のような空間を走っていたと思ったら、急に現実の世界に引き戻された。その安堵と、花神のいるであろう天守閣までもう一息という気のゆるみが招いた結果であった。
怪我はなかったが、地面に落ちた瞬間に尻もちをついてしまい、しばらく動けず、痛みで顔をゆがめた。
それでも善珠がこちらに照準を合わせたのに気づき、無理に身体を起こして、前方に跳んだ。直後、足元を弾丸が通り抜け、塀にあたってめり込んだ。
善珠は左眼の眼帯をはずして金色に光るまなこで、碧の走る姿を追っている。巨体の男とからくりを背負った痩身の男が動き出すのを碧はまなじりでとらえた。
彼女たちと争っている暇などないし、正直一方的な憎悪を向けられて迷惑なだけで、本心では相手にしたくはないのだ。
三人組の連携攻撃はやっかいだ。が、手早く片付けるよりほかに道はなさそうだ、と碧は腹をくくった。
壁に沿って走っていたのを、急に方向を変え、善珠に向けて走った。
間に大男のトロハチがいるので、善珠からは狙撃できまい。
向かって来る碧に、トロハチが腕を広げ、つかみ捕らえんとするのを、碧は跳んで躱した。
トロハチの頭上に躍り上がったのを狙いすましていたかのように、善珠の銃から弾丸が発射された。
これは碧も予期していた。落下しつつ身体をひねって弾を躱し、着地すると今度は右手から襲ってきたゼニヤスの巨大なからくり腕に向かって、跳んだ。右のからくり腕でパンチを放っていたのを、あわてて左腕で碧をつかみにかかったゼニヤスであったが、碧はすでにスライディングをしてゼニヤスの脇へと滑り込んでいた。
碧は身体を起こしつつ、ゼニヤスの脾腹に拳を叩きこんだ。
奇妙なうめき声を発して倒れ込むゼニヤスを抱えて、盾にしつつ、碧は広縁で銃を構える善珠へと動いた。
「小癪な真似をするんじゃないよっ」
叫んで善珠は銃を撃った。
ゼニヤスの身体の隙間を弾丸は通り抜け、碧の肩をかすめる。
ひるんでゼニヤスを放した碧の後方に、いつのまにか回り込んでいたトロハチが、碧の身体をつかんで持ちあげた。
両脇をつかまれ天高く持ちあげられた碧はもがいたが、トロハチの腕力は強力で、なまなかに抜け出せるものではなかった。
「そのまま放すんじゃないよっ」
善珠は引き金を引いた。
瞬間。
爆発音とともに碧の周囲が煙に包まれ、トロハチは驚いてよろめき、その隙に碧は締め付けから脱して、後方に逃げた。
庭木の下へ身を寄せたところへ、
「よう」
と塀の上から男の声がかけられた。
猿飛佐助であった。
いま煙玉を投げてくれたのも彼であろう。
「手を貸そうか?」
にっと笑って佐助は云う。
「生きていたのね?」と突然の助っ人に対していぶかしげに問う碧に、
「おかげさまで」佐助は平然と答える。
佐助は合戦のなかで行方がわからなくなっていた。碧はなかば死んだものとあきらめていたのだった。
「何をしてるの?」
「何って、うちのやんちゃ姫を助けにいくところでね」
やんちゃ姫こと真田のあぐり姫は、魂魄結晶が身体に吸収されてしまうという奇妙な現象にあい、そのために魂魄結晶を狙う花神に捕らわれているのであった。
「真田のお殿様は、ご無事なの?」
「いや、討たれた。姫を頼む、ってのが遺命でね」
ところへ、銃声がこだました。弾丸は佐助を威嚇するために撃たれたようで、
「猿飛」甲高く怒鳴って善珠が呼びかけた。「よけいなことするんじゃないよっ。見逃してやるから、とっとと失せなっ」
云いつつもう一発銃声がこだまする。
「いいわ」と碧が佐助に云った。「ここは私ひとりでなんとかする。あなたは先に行って」
「わかった。花神って奴を、俺が倒しちまうかもよ」
「それなら、こちらとしては大助かりよ」
ふたりは微笑んでうなずき、佐助は塀の向こうへと消えていった。




