十之十二
「どこだい、ここは?」
杉谷善珠はあたりを見渡しながら、やたらと広い広間の畳の上を歩くが、自分がいったいどこにいるのかまったくわからない。やっと迷路から抜け出したはいいが、出口がまるで見当違いの場所だったようなとまどいであった。いや、まさしくそのような状況なのである。
「おっと」
という声がして、善珠が振り向くと、ゼニヤスがからくりの仕込まれた重い笈を背負っているせいで、濡れ縁からあやうく庭へと落ちそうになってい、それを巨体のトロハチが胸ぐらをつかんで引っ張りあげている。
「さっきまでおんなじ所をぐるぐる回っていたと思ったら」ふたりに近づきながら善珠が云った。「気がつけばこんな豪奢な建物の中にいるなんて……、狐にでもばかされたのかね」
「狐かどうかはわかりませんが」とゼニヤスが気取った声で答えた。「どうやらここは本丸の御殿のなかみたいですぜ」
縁側まで出てきた善珠が外を見、空を見あげ、天守閣の位置を確かめた。視界を覆うほど間近く、火焔の衣をまとった巨大な建物がある。
「どうやらそのようだね」
「はい」
「ということは、目的のお宝はこの辺りにありそうな気配だね」
「おら、お宝の匂いがぷんぷんするだよ」トロハチが鼻をひくひくさせながら云う。
もうこの御殿にも火がまわっていて、きな臭い匂いに包まれているのに、お宝の匂いがするというのも妙な話だが、
「ああ、わくわくしてくるじゃないか」
気分の高揚を抑えきれないように善珠が答えた。
「宝物蔵なんて探すまでもないんじゃないでしょうかね」ゼニヤスが冷静に云った。「このあたりで茶器のひとつかふたつでも手に入れさえすれば、数年は楽に遊んで暮らせますぜ」
「みみっちいことおいいじゃないよ。いいかい、宝物蔵にある莫大な財宝を手にすれば、あたしらみんな一生遊んで暮らせるんだよ」
「欲をかきすぎだあなあ」トロハチはあきれ顔である。
「庄太といっしょに暮らせるかどうかがかかってるんだ。欲をかかなくってどうするんだい」
「庄太坊の話はしない約束ですぜ」
ゼニヤスがとがめるのに、
「ああ、そうだったね」
と善珠は返して、遠い眼をした。そこから見える夜空にうつる何かを見つめるようであった。
善珠が、まだお珠と名乗っていた十代なかばのころ、彼女には好いた男があった。村の豪族の息子で、熱い視線を村の女たち皆がおくるほどのみばえをしていた。善珠はその男に口説かれる形でそういう関係になったのだった。そして赤子が腹にやどったとわかったころ、男は他の女を娶った。同時にやっとわかったことだが、村の男たち数人で、善珠を誰がものにするかという賭けをしていたのだった。背丈が大きく育っていた彼女を冷やかすくらいのつもりであったが、その豪族の息子はたちが悪かった。口説いただけでなく、善珠の身体まで自分のものとし好き放題もて遊んだ。息子庄太を産んだ後、善珠はゼニヤス、トロハチとともにその男の家に押し入り、男をリンチにかけ、大切な部分を使い物にならなくしてから、三人で村を出奔した。
庄太は実家の両親にあずけたままで、ときどき生活費は送ってはいたが、
「あいつももう十か、十一か。母親の顔なんぞ、覚えてもいないだろうね」
「庄太坊がまだ赤ん坊のころに別れましたからねえ」ゼニヤスがしみじみと云った。
「どんな子に育ってるか、楽しみだあなあ」トロハチもしじみと云った。
「よっし、じゃあ、とっとと噂に聞こえし宝物を探し出して、庄太に会いに行こうじゃないか」
「でも、いかにも宝物蔵でござるっていう具合に、わかりやすく建っていますかねえ」ゼニヤスは宝物蔵の存在に半信半疑といった様子である。
「きっと館の地下なんかにあるんじゃないかねえ。隠し扉とかどんでん返しとか地下通路とか、そういうのを探すんだよ」
「なるほど」
「火がこっちまで回りきらないうちに、探し出すよ」
と、善珠が意気揚々云った瞬間であった。
「あっ」と声をあげ、身体に着込んだ具足を打ち鳴らし、背なかの銃剣をつかむとさっと構えた。
構えた瞬間には引き金を引いている。
ゼニヤスが造った、オーバーテクノロジーの小銃から、轟音とともに弾丸が射出された。
弾丸が命中したのか、十間(十八メートル)ほど向こうに巡らされた高塀の上を走っていた紅い影が、勢いよくこちら側に落ちた。
「伊賀の小娘っ。お宝の前に血祭りにあげてやるよっ」




