十之十
黒い狩衣の袖がふわりと翻った。
振られた祥馬の手から、七枚の札が夜空に舞った。札たちは風に飛ばされることもなく、ゆっくりと地面に落ちる。
七枚の札が地面に接した刹那、札が青白い光を放ちそれぞれが五芒星を描く。
光とともに現れたのは、七匹の小動物であった。
山猫、狸、鼯鼠、鼬、兎、栗鼠、穴熊。
見た目はかわいらしいが、祥馬の使役する式神たちで、各々が凄まじい霊力を秘めた、凶暴な妖獣であった。
「行けっ」
腕を振って祥馬が命ずるとともに、いっせいに鶫に向けて、小動物たちが襲いかかってくる。
鎖分銅の回転をとめ、鶫は腰を落とし身構えた。
「忍法光輪斬波」
鶫の琥珀色の瞳がきらりと光った。今度は短刀の柄頭から伸びた鎖を回転させ、鎖を左右に振り回し始めた。ヘリコプターのプロペラのように回転を始めた刃は、跳びかかってくる式神たちをつぎつぎに斬り裂いていく。
地面に転がった動物たちは、光につつまれ、消滅していった。
最後の、上空高くから襲い来た兎を両断した鶫は、すぐに祥馬に向き直った。
と、祥馬の周辺からはまばゆい光が発せられていた。
そして、見る間にその光のなかから巨体の二本足で立つ狐の妖怪があらわれ、祥馬と一体化していく。
灼昂、と呼ばれる白狐の妖怪は、地から湧き出たようなうなり声を発し、黄金のまなこで鶫をきっと睨みすえた。食いしばる歯の間から霊気が漏れ出している。
白狐が三本の尻尾をゆらし、猛然と駆け出した。と見る間にすでに鶫の至近に迫っている。
白い毛並みのつややかな腕が振り上げられ、爪が振り下ろされ、白銀の残像が弧を描く。
鶫は動じない。
祥馬の腕はなにか柔らかい障壁にでもあたったように、振り戻された。
「ぬう」とうなって祥馬は後方に跳んで間合いをとった。
彼の視線の先、鶫の正面には、丸い渦巻きが発生していた。
鎖の錘を旋律の律動によって螺旋状に回転させ、いかなる衝撃さえも跳ね返す鎖の防御盾を張っていたのだった。
祥馬はさらに後ろに跳ねて、もといた位置にまで戻った。
ふたりの距離は十間(十八メートル)ほどもひらいたであろう。
狐のたくましい脚が跳ねた。
今度は左右に飛び跳ねつつ、鶫に迫ってくる。
しかも飛び跳ねつつ両腕を振り、霊気の光刃を飛ばしてくる。
「忍法星雲結界」
鶫はつぶやきながら霊気を操り、鎖の渦をさらに強固なものとし、左右から間断なく飛来する光刃をふせいでいく。防がれた光刃は星屑のように砕けて消えていく。
この決戦前、いったん伊賀の里に戻った鶫は、祖父城戸弥左衛門のもとで鎖術をいちから学びなおしていた。そして同時に旋律の律動の鍛錬も行い、ほとんど眠る暇もなく修練に励んで、鎖操作術に磨きをかけてきた。
祥馬は光刃の攻撃を続けつつも、鶫に近づくことをやめ、鶫の周囲を回るように移動し始めた。
鶫は左腕の鎖を回転させながら、右手の短刀を祥馬に向けて放つ。放っては鎖をたぐり、短刀を戻し、すぐにまた放つ。
だが、祥馬はなんなく攻撃をかわしていく。
が、祥馬は舌打ちした。放たれる短刀は、祥馬を狙っているものではなかった。
「同じ手には引っかからないわ」
鶫の声が祥馬に届いたかどうか。彼女は以前祥馬との闘いで、いつの間にか仕掛けられていた結界に捕らえられてしまった。
いま鶫が狙っているのは、つまり祥馬本体ではなく、彼が仕掛けている結界札であった。
祥馬が光刃を飛ばし、それを囮としつつ、ひそかに結界札をしかけているのを、すぐさま鶫が破壊していっているのだ。
祥馬がふと動きをとめた。
鶫もいったん鎖を引っ込める。
祥馬がうなって、怒りの形相に変じていく。狐の眼が吊り上がり、赤い口が裂けるように広がっていく。




