十之九
立ちどまった城戸鶫は、先端に錘のついた鎖を一尺ほど地面にたらし、精神を集中させた。
「旋律の律動――」
以前、九度山でも使った、振り子ダウジングの探知レーダーであった。
外堀を越えて二の丸へと踏み入って、おかしな感覚に包まれていることに気がついた。数カ月、花神恭之介のもとに身を寄せていた間、鶫はこの辺りは丹念に歩きまわって頭と身体に地形を覚え込ませていた。その土地勘のある場所であるのに、なぜか行けども行けども、同じ場所を堂々巡りしている不思議な感覚であった。それは、以前、京の町で迷い込んだ結界の迷宮に似ていた。
その時、助け出してくれた幸徳井祥馬は云った、やみくもに歩きまわるとどこに飛ばされるかわからない、決められた順序で進路をとれば脱出できる――。
今、鶫が嵌まり込んでいるのは、その祥馬が大坂城に張り巡らせた結界であろう。
ならば彼に教えられたとおりに、正しい道順を見つけ出せばいい。
そうして、鶫は探知レーダーを放った。
鶫の放った霊気のレーダー波は、目的の物体――このときは祥馬の念が込められた結界札――を探し跳ね返ってくる。跳ね返ってきた霊気に鎖ダウジングが感応する。感応してくるくると強く揺れ始めた方角へと、鶫は歩き始めた。
どれほど歩いたかわからない。
ふと気がつくと、百坪ほどの広場に出た。
辺りは木立に囲まれていて、
――ここはひょっとすると山里曲輪のあたりではないかしら。
天守閣や月の位置から判断し、鶫はそう思った。
外堀を越えたのは南からだったので、今山里曲輪にいるということは、いつの間にか本丸を回り込んでいたということになる。
広場の中ほどには、祭壇が築かれ、周囲には篝火がたかれていて、榊や米や盛り塩などの供え物の置かれた祭壇の前では、一心不乱の態で何か呪文を唱えている男がいる。
男は烏帽子をかぶり黒い狩衣を身に着けていて、近寄りがたい異様な気配を周囲に放っていた。
――祥馬。
その姿を眼に、鶫はつぶやいた。
彼はおそらくここで張り巡らせた結界に呪力を送っているに違いない。
鶫は静かに分銅鎖を左手に、鎖につながった短刀を右手に構え、なんの躊躇もなく、祥馬の背にむけて短刀を放った。
一直線に、矢のごとく飛翔する短刀の刃が祥馬の首筋に突き刺さる、と見えた瞬間、後ろに眼があるかのごとく、彼はひょいと身体をずらして攻撃を避けた。
鶫は鎖をたぐって、短刀を手にもどす。それを眼で追うようにして、祥馬が振り返った。
「卑劣なものよ」
彼の口から唾棄するように侮蔑がこぼれた。
攻撃に警戒しながら鎖を空で回転させつつ、ただ無言で鶫はその言に答えた。
祥馬は顔の前で左手の指を立て小声で呪文を唱え、右手を身体の前でくるりと回した。その手の回転にしたがって、そこに見えない壁でもあるように、五芒星の形に五枚の呪符が、空中に貼られていく。
「急々如律令」
呪文が終わるとともに五枚の呪符が光の線でつながった。
「オン」
祥馬の一声とともに、描かれた光の五芒星の中心から、眼も眩まんばかりの光芒が放たれた。
夜気を引き裂き、凄まじい圧力をもって瞬時に迫る霊力の光線を、鶫は横に跳んで避けた。
着地した瞬間、新たな光線が襲う。さらに鶫は避ける。避けるがさらに光線が走る。とめどなく発射される光線を鶫は避け続け、避けきれぬ時は霊気を流しつつ回転させた鎖を盾として光線を弾く。
そしてふと脚をとめた鶫は、ひたすら鎖の回転盾で光線を弾き続けた。弾いた光線はあるものは夜空に吸い込まれ、あるものは地にあたって消滅する。
祥馬は休むことなく容赦せず光線を浴びせ続けた。
が、あっと祥馬は横跳びに跳んだ。
鎖盾で反射された光線がしだいに自分に向け照準が合わせられていることに、気づいたのだ。
祥馬が直前までいた空間に反射された光線が走り、五芒星の光陣が吹き飛んだ。
そこへ向けて鶫が飛び、鎖の錘を放った。
走り避けた祥馬であったが、それに向け、空間で鎖が直角に軌道を変え追いすがる。
今度は祥馬が避ける番になった。
広場を飛び跳ね、走り回りつつ祥馬は呪符を撒いていく。霊気で操られる錘は、まるで磁力に吸い寄せられるように霊気を帯びた呪符に向かってしまう。
幾度か呪符を粉砕し、埒があかない、とみて鶫は鎖を戻した。
睨み合うふたりの視線が冥い虚空で絡み合う。




