十之六
嵐と鶫は北に向かって駆けに駆けている。
さきほどまで雲霞のようだった死人兵の群も、いつかまばらになってきていた。
武家屋敷のかどからふらりとあらわれた鎧武者の死人兵を、嵐は渾身の力で殴り、頭をふっとばした。ふっとばしてから、生者型の死人兵ではなかったかと、ひやりとしたが、立ち止まって振り返れば、動かなくなったミイラのような遺体はやはり屍型のようであった。
そうしている間に、鶫はずんずん先に進んでいる。
生まれ変わった武装と云っていい、鎖分銅を鶫は見事に使いこなし、振り回し、絡みつかせ、死人兵に旋律の律動を送り込んでいる。直後には絡めた鎖をといて、また振り回しつつ走り出している。
そういう軽快機敏な動作で立ちまわる同僚の姿をみて、嵐は嫉妬にかられた。そうして発奮するのだ。
ふたたび走り始めた嵐は、すぐさま鶫に追いついた。
広い空間に出た。東西に長く伸びている広大なその空間は、埋められた外堀と堀端沿いの通りであった。その先は石垣の上に塀があって、二の丸になっている。二の丸も、もうずいぶん火の手が回っていて、あちこちから炎と煙があがっているのがみてとれた。きな臭い熱風が流れてきて嵐の鼻孔をくすぐった。
そして――。
埋め立てられた堀の前に、ひとりたたずむ僧形の男の姿。
ずいぶん髪の伸びた坊主頭に無精髭をはやし、岩のような胸板をした、男――鬼巌坊であった。
嵐はその前三間(五メートル)ちょっとのところで立ち止まった。
鶫はそのまま鬼巌坊の横を走りすぎ、堀をわたり石垣をのぼり塀を越え、二の丸内へと姿を消していった。
友に見捨てられおって、などと野暮なことは、軽口のすぎる鬼巌坊でもさすがに云わない。
ただ、伸びた顎髭をなでながら、にやりと嵐をみつめている。
嵐は腕を構え、腰を落とし、戦闘体勢をとった。
同時に鬼巌坊も腕を前に軽く伸ばし、腰を落とし、少林拳の構えをとった。
ふたりにはもう言葉もいらぬ、構えるタイミングすら同調する。
覚えず、嵐は口をにやりとゆがめた。
これは、この同調はいったいなんなのだろう、と嵐は笑うのである。ひたすら追いかけていた背中にやっと追いついた、と嵐は思いたい。
鬼巌坊も笑っている。この女と出会って七カ月になるだろうか、いや八カ月か。好敵手と認めた娘が、もうすでに俺に匹敵するほどの女に成長している。半年前に打ちのめした時よりも、もっと自分に肉薄している。背中に走るおぞけが、なにか心地よさすら感じる。
ふたりは一歩ふみだす。それも同時。
ふたりは、そろりそろりと間合いを詰める。
互いの拳の間合いに入った、と思ったのも同時。
そして同時に拳を突き出した。
うなりをあげるふたつの右拳が互いの中間でぶつかり、乾いた音をたてて何かがはじけた。互いに拳にまとわせた霊気がぶつかり反発したのだ。
後ろに二、三歩よろけ、ふたたびふたりは構えをとってにらみ合う。
嵐が、この十日ほど修行していたのは、淡路の諭鶴羽山であった。そこには、真聖神惶教壊滅後も、あのヒナメと呼ばれた妖魔使いの娘(彼女はいつのまにか姿を消していた)が捨てていった多数の妖魔が山中を棲み処として居座っており、それらの退治がてら修行を行っていたのである。
目標は、旋律の律動を自在にあやつれるようになることだった。碧と同じ目標にみえて、やはり嵐は攻撃的であった。妖魔との闘いのなかで、時に攻撃に、時に防御に、と霊気を操る術を、着実に身に着けた。
ふっと息を吐くとともに嵐は一歩間合いを詰めつつ右拳を突き出した。
鬼巌坊はそれをさばく。いなされた嵐は左拳を放つ。鬼巌坊はそれもさばく。
難なく攻撃をそらされた嵐であったが、それでも嵐はひるむこともなく、次々に拳を振るう。右、左、右左……。怒涛の連打であった。
されど鬼巌坊は動じない。すべての打撃をふわりふわりと左右の手でいなしてしまうのだ。しかし、乱撃のあまりの凄まじさに、鬼巌坊は辟易した。たまらず右の脚を蹴り上げた。
嵐はバク転して脚の軌道から身をそらした。そのまま数回回転を続け、鬼巌坊との間合いをとる。
ふたりは三間の距離をへだてて、再度にらみ合った。




